路地裏で遭遇した変人が再び現れたこと~③

文字数 896文字

 見覚えがなくて当然、素顔は初めて見るのだ。それにしても印象が違い過ぎた。昨夜は、闇の中でも浮き上がるような禍々しさすら全身から漂わせていたのに、それが今は穏やかな湖面のような空気感である。仙人? 修行僧? 完全に別人だった。
 本当? と皴を寄せた眉間の前にケムール人のお面が突き付けられた。
「そういう反応を想定して、持ってきたのです!」と言う。ちょっと、したり顔だ。
「足りなければ――」
「あ、もういい。わかった。思い出したよ」
 更に鞄をまさぐろうとしたのを慌てて止めさせた。おもちゃのナイフとかパンツまで出されちゃかなわない――先ほど出しかけたのはパンツだったんじゃないか、という余計な推測もチラッと浮かんだが、振り払う。
「思い出していただいて安心しました」
 ――いや、できれば思い出したくなかったんだけれど。
「早速なんですが、実はお願いが――」
「ちょ、ちょっと待った!」
 電光石火に本丸目掛けて寄せてくる男を、あわてて押しとどめる。待て。だいいち、実質初対面だろ。この男、本当に君は誰? というか。

 ――待てよ!

 大きな疑念が沸き上がった。そもそも、どうして僕が今ここにいるのを知っていたんだ? 昨夜は名乗りもせず、あの場で置き去りにして、それっきりだったはず。財布――とかの落とし物もしなかったし。
 え? まてまてまてまて。偶然――じゃないよね? そんな小道具まで持って来て。本当に、どうして?
「実はですね」と、今にも頭から煙でも出そうになっている僕の様子をじっと見ていた男が、語りだす。「あの後、こっそり後をつけたんですよ」
「何と?」
 驚愕した。ギターショップまで僕の後をつけ、中で店主と話しをしている内容を店の外でこっそり立ち聞きしていたという。そこで話題に出た「明日のライブ」は、店の入り口横に貼っていたポスターで詳細を知ったのだと。
 それで今ここにいるんですよと、またもしたり顔である。追っかけ行為の行き過ぎは犯罪になるぞ!
「本当に怪しいものじゃありません」と言う言葉には全く重みが感じられない。あの行為を見せられた上に、今の話では――
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