1/24を引き当てたということ~⑨

文字数 1,342文字

 話は本題になった。
「あのあと、木島さんの『リアリティが足りなかったのでは』のくだりが蒸し返されて、カジ谷君の服装や、動作について議論されていたんですよ」
「どこにリアリティが無かったと?」
「演技が振り切れていない。変質者なのにパンツを履いている。顔を隠すのに、理解不能なお面。脅かすのに、見るからにオモチャの剣、ふざけたセリフ回し――」
「でも、そこをリアルにしたら、それこそ本物の犯罪ではないか」
「そうなんですけど、見切られないギリギリを攻めないと、必要な緊張感が得られないのでは? と言う論調で――」と奈緒さんはここで一瞬、言いよどむ。
「結論を言うと、再実験をやることになったんですよ」
「え?」
「それも、前回の反省点を克服した上での強化バージョンで。そんなの、もし咎められたら弁解不可能な領域に踏み出しちゃうんじゃないかと」
 何と! さすがにそれは、完全に暴走である。
「奈緒さんも、その場にいたのなら止めなかったの?」
 こうなると、止めなかった側の良心にも疑問符がつくことになる。
「あの時は、あくまでも仮定の話として議論を進めてましたから。それに――」
「それに?」
「結論がまとまらなかったんです。リアリティの話を最初に言い出したのは木島さんですが、それを追及すると結局、お笑いじゃすまなくなるリスクが高まる。確実な笑いには結びつかない、という結論に行き着いたようです」
 それは至極、まともな結論である。
「それに対して兄は、確実に笑いにできる方向とラインが必ずあると主張して、譲らなかったんです」
 それは相手次第の不確定要素だから、僕も当然木島さん側である。
「私も木島さんの見解が正しいと思いますが」
 記録係、なので議論に口をはさむことはしなかったと言う。
「主張が真っ二つに対立した状態で、会はお開きになりました。再実験の話は最後まで出なかったんです――」
 それが急に再実験をやることになった。再実験の決定をしたのは西川代表とのことだ。
 奈緒さんは、今朝、大学構内でたまたま会ったカジ谷君から聞いたというのである。
「お願いします」と言って、奈緒さんは頭を下げた。
「カジ谷君が真堂さんに大変感服していまして、止められるのは真堂さんしか思い当たりません」
「ちょっと待って。木島さんはどうしたの」
「実は、語学の短期留学で今日からしばらく居ないんです」
 それはつまり、木島さんの留守の間に実験を強行しようとしている、ということか。
 どういうことだろう。考えてみる。
 木島さんへの嫉妬から、早く結果を出したいと焦る西川代表が暴走、という図式は見えるけれど、果たしてそれだけなのか。これはそこまでしてやる価値がある実験なんだろうか。西川代表は策士だ、何か裏があるのではないだろうか。
 実は気になることもあった。
「あれ、計画したの、元々は西川代表だよね。どうしてあの実験をしようと思ったんだろう。自分で考えたのかな?」
「春先に、真っ先に資料の整理をしていてその時に見たんですが、笑うパターンの研究結果があって、ギャップ、緊張と緩和、それらについて要検証みたいなことが載っていたような」
「その資料とやらを、僕が見ることはできるかな」
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