缶入り三十六枚分の謝意を受け取ったこと~⑤

文字数 1,034文字

 これで無笑会の騒動は本当にうまく収まりそうな感じである。そして、今ならわかる。この会は基本的に西川代表と奈緒さんが昔やっていた「ゲーム」のルールをそのまま踏襲していることを。それをカジ谷君も十分わかっているはずだからたぶん大丈夫、と思うのだ。
 ただ僕に関しては、どうだろう? 紗枝さんの占いに従って行動したつもりだったけれど、実は何の関係もない騒動に勝手に首を突っ込んだだけなのではなかろうか。それが一番恐ろしい。だって、結局僕は最初から最後まで、予め仕組まれたゲームの登場人物の一人のようだった。
 西川代表は僕を見据えて、こんな謎めいた言葉を残した。
「いや、君の第三者の視点がなければ、僕は、まだ囚われたままだったよ。あの時、解放されたんだ。考えすぎていた。無理だと思っていた。でも、意外にあっさりと、ね。思いもよらなかった。そして、思っているほどには難しくなかった」
 そして最後にはこんなことを――
「君には感謝はしているんだよ。この手土産程度に、だがね。なんだか、奈緒もずいぶんと色々世話になっていることだし」
 眼鏡の奥の西川代表の目が一瞬光ったような気がした。フォークソング同好会の例のバンドは、一回きりの助っ人のはずが、奈緒さん自ら手伝い継続を申し出たらしいのである。それは、僕とは関係ない。たぶん。それにあの夜、カップルを装ってそれらしく歩いていたのは、奈緒さんの発案なのである。やましいことはしていない――はずであるが。
「む、毒――は」
「入っておらん!」
 そう言って西川代表は、テーブルの上の白い恋人を、一枚、口に放り込んだ。
「うむ。旨いなこれ」
 ――貧乏学生にはめったに拝めない地元銘菓、缶入りの「白い恋人」である。それなりの評価と受け取った。
 去り際に気が付いた。初めて見た西川代表の笑顔だった。
 西川代表自身も会員資格を喪失しつつあることを、本人は気付いているだろうか?

「何だ、これ、旨いぞ」と言って桑原が目を丸くした。
 放っておくと全部一気に食べてしまいそうな気配を感じて、缶をしまう。
「お前、一応地元のくせに、食べたたことがなかったのか」
「うははは。灯台下暗し、とよく言うではないか。そもそも、らんぐどしゃクッキーとやらも初めて食ったわ」
 これは、早急に隠し場所を変えないと、いつの間にか消失する謎の事件が発生しそうである。いや、だいいち、桑原が甘党とは知らなかった。
 人は見かけによらないものである。
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