袋小路の夢を見て、MoonBeamsに誘われたこと~②

文字数 1,164文字

 でも歌に関しては、飾り気はないがとにかくよく響く美声である。割と高音まで気持ちよく伸びるので、たいていの曲はサビの部分もきれいに嵌まる。よって「北窓」では彼がメインボーカル担当だ。僕はサブボーカルとハモリである。僕の声は彼より高いんだけれど、いかんせん声質がのっぺりと固く、これも困った欠点なのだが、中音域の、よく使う肝心な部分が「中抜け」的にうまく音を出せなくて、こちらもしっかりと絡めてはいないのである。
 北山は歌うことについて苦労したことがないらしいので、僕とは元々の資質の違いや実力差があるのは歴然だった。
 それでも最初のうちは良かった。併せて演奏するのは楽しいし、実力も上がったような気分になる。ハモリも、単純な三度上下を合わせるうちは問題なかった。でもデュオとして息を合わせるという意味でのレベルが高度になって行くのに従い、自分の歌声が、要求されるイメージに追いつけていないことを自覚してしまうことが増えて、だんだん苦しくなってきたのだ。北山としては、そんな風には全然思っていないらしかったのであるが。
 そういう状態でも、二度ほど舞台に立って夏ごろまでは活動したのだが、とうとう限界が来た。そして僕が「ちょっと修行に出るから」と言って、現在は活動休止中なのである。本当に申し訳ない、とは常々思っている。だが、理不尽だと思われようとも、とにかく僕がもっと歌唱力を上げないとバランスが成り立たないのは明らかだったのだ。相棒の美声に妬いていたというのも、認めたくはないが少しはある。いや、大いにあった。
 ただ、そのことで交流が完全に途絶えたわけではなかった。僕の部屋が落ち着くから、という理由でたまに押しかけて来て、色々と呪いのような愚痴をまき散らしては帰って行くという、彼の困った行動だけは現在も継続中なのである。そして、隙あらば「同じ『伝説』を持つ者同士、仲良くしようぜ」と強引に仲間に引き込もうとするが、違うぞ! 僕のは「事件」であって、断じて「伝説」ではないのだよ、とここでは強く言っておきたい。
 深川先輩からの誘いがあったのはちょうど、そんなふうに「北窓」の活動を休止して間もない時期だった。修行、とは言ったものの、実際どうすればいいのだろうか――悶々として吐き出せないでいた塊をとりあえずは隅へ追いやって、ギターの演奏に集中できる。その間は歌のことは忘れられる、と思ったのは事実である。こっちは活動休止なのに深川先輩とこんなことやってるし、と北山には大いにやっかまれた。このままでは解散の危機なのだが、現状ではどうしようもないことだった。
 しかし、結局は深川先輩とも歌うことになり、この問題からは逃れられないことを悟ったのだった。やっと腹をくくって、自分の歌声と向き合うことにしたのだけれど――
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