缶入り三十六枚分の謝意を受け取ったこと~③

文字数 1,310文字

「思えば、この会は、秘密裏に活動すること自体の背徳感というかスリル、それと会の活動内容のギャップ、それに、形式的にのみ存続する空白世代のおかげで、初代の方々の強い思いが、代を重ねるごとに、その意志も趣旨も伝言ゲームのように少しずつ間違って伝わり、存在自体が歪んで矛盾したものになって行った。私が出会ったのはそんな形骸化した会の亡霊、そこに波長が合ってしまった私が、歪んだ状態をそのまま実体化させてしまったようなものだ」
「そもそもの初代の方々の理念、って?」
 これは聞いてみたかった質問である。なぜこんな会が出来て、半ば強引に存続しているのか。
「人の上に立つもの、人に物を教える立場の人間には、人を楽しませる才能は必要である。つまらない授業に疑問を持ち、それを反面教師としたが、でも、実は自分もつまらないことを自覚していた初代メンバーが、笑い力を鍛えることを目的に創立したものだと伝わっている」
 傍から見ると些細な事に見えても、当人は真剣――決して他人ごとではない事情である。
「以来、代々教育学部の、こいつはつまらない教師になる恐れがあるのではないか、と見込んだ者をスカウトし、存続させてきた。しかし、根が真面目な者は、研究対象を細かく分析することは得意でも、研究対象となるべき存在そのものを作り出すことは不得手だ。活動内容が、真面目な者にとってはなんとなく恥ずかしい、でもそれを大真面目にやっている。そのことに対する引け目もあって、何だか秘密結社のような感じになっていったんだろうなぁ」
 ここまで言うと、西川代表はゆっくりと僕の方を見た。表情が、とても穏やかである。
「事情を知らない真堂さんなら、この会の異様さがわかったでしょう? 奈緒も、最初から気付いていたし。私は、目的を達成したいあまり、周りが見えなくなって忠告に耳を貸さなかった。自分たちの姿が見えていなかった。元々、実証実験は一度きりのつもりだったが、どうも、成功するまで止められなくなりそうだった。禁じ手になっていたのは、そういう意味もあったんだ。知らない人に迷惑をかける前に止めてもらえてよかったよ」
 そして、深川先輩が笑ってくれたことで、憑き物が落ちた――と。
「まさかあの女性(ひと)に笑ってもらえるなんて――」
 そうつぶやいた西川代表に、あの日の邪悪な塊は欠片も感じられなかった。
 あの翌日に帰国した木島さんとはもう会って、経緯も話し、理解は示してくれたそうである。実は心配されていたらしい。木島さんは、自分の会員資格が無くなりつつあることもうすうす自覚があった、とのことらしい。
「今回、留学先でアメリカン・ジョークがおおいに受けた、と言ってたのでな」
 西川代表は会則違反と謀略の責任を取って、木島さんは会員資格不適合で――二人とも早々に引退する意向だそうだ。
 後任の代表はカジ谷君が指名される予定である。もちろん、本人にやる気があれば、であるが。会の存続の是非についても次期代表に一任する、とのことだ。それは元から代表の権限であると会則には記されていたのだが、歴代代表はその決断を全くせずに今日まで来たらしいのである。
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