にこやかに、喝、を入れられたこと~③

文字数 816文字

「その声を一度聴かせて」と言われた。
 しかし緊張のせいか、意識し過ぎたか、今日はうまく出すことが出来なかった。やはりあれは、単なるまぐれだったのだろうか。
「私はプロじゃないからね。技術的な細かいところは教えてあげられないけれど」
 目を閉じて聞いていた紗枝さんが口を開いた。
「確かに、あなたの普段の話し方も、言われてみると不自然な響きがあるわ。話すのに苦労している感さえあるわね。でも、それは個性の範疇(はんちゅう)だわ。欠陥があるとか、間違ってるとかの問題じゃなくて。でも、それが自分にとって自然なのかどうかは、実際の所、あなた自身にしかわからないことよ」
 そして意外なことに、今度は謎かけじゃない、ちゃんとした助言をくれたのである。
「例えば、その声を『私が思っているような自然さ』に矯正することはできると思う。でも、それは、あくまでも私から見て、のことよ」
 ――どういうことだろう?
「歌は、物理的には人間の体を使った管楽器とも言えるけれど、歌声は他のどんな楽器の音よりも『その人そのもの』からの影響が大きいものなの。あなた自身が不自然だと感じるのは、精神的なものも含めて、声以外の部分に何か原因がある可能性があるわね」
「声以外、ですか?」
「仮定の話だけれど、私とあなたの中身が入れ替わったとして、私があなたの体で出す『声』は、今のあなたの声とは違うものになる。逆にあなたが私の体を使って出す声も、この私の声とは違うはずよ」
 僕は「それは、つまり――」と言って考えてみる。けれど、よくわからない。
 一呼吸置いて、紗枝さんは、僕の言葉を引き継いだ。
「そう。声には、その人自身が現れるから」
 今のが結論――なのだろうか。やはり想像が及ばず、紗枝さんを見る。困った顔になっている自覚があった。
 マスターが、弾いていたギターを片手に隣にやって来た。紗枝さんは、テーブルのコーヒーを一口飲んで、僕に向き直る。
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