にこやかに、喝、を入れられたこと~②

文字数 920文字

 MoonBeamsに近付くと、中から伸びやかな女性の歌声が聴こえて来た。誰が歌ってるんだろう?
 店には「準備中」の札と、本日の開店時間を遅らせる旨の貼り紙があった。意を決して恐る恐る戸を叩いてみると、眠そうなマスターが顔を出した。
 そして嬉しいことに、紗枝さんがいたのであるが――
「歌の練習、なんですか?」と僕が尋ねると
「ちょっとマスターと組んでね、来週ここでミニライブをやるのよ」と言って、カウンターの脇に貼った告知ポスターを指差した。
「マスターとは元々そっちの繋がりなの」
 紗枝さんも歌い手だったとは、知らなかった。絶対観に来よう。
 マスターがフォークギターを出してきて、チューニングを始めた。練習風景を見学させてもらうことにする。
 マスターの伴奏は、以前にもちょっと聴いたけれど、とても上手い。これは参考になる。そして紗枝さん、歌がこんなに上手いとは。これも趣味だと言うのだけれど。
「今日、私に会いに来たってことは、何か起こったのかな?」
 練習が終わり、汗を拭いて、水を飲みながら――紗枝さんは相変わらず、意味ありげな物言いである。
 僕は、カジ谷君との遭遇から今までの出来事を順に話した。これらは占いと何か関係しているものなのだろうか、と疑問をぶつける。
 占いの結果に関しては「自分がそう思うなら、そういうことよ」と素っ気なかった。しかし、思ってもみなかった声が出せたこと――どちらかというと、今はこちらを聞いてみたい気分になっていたのだが――こちらには興味を持ってくれたようで「思ってもみなかった声って?」と聞かれたのだ。
 ボーカル教室で意識的にあの時の声が出せたことで、気付いたことがある。そのことを、紗枝さんに話してみた。
 変声期に低い声が出るようになった代わりに、僕の声帯はなんだか、変な声質で固まってしまった。僕の喉、というか声帯は、もう構造的な問題で他人と違って変な声しか出せない――今までそれは仕方がないとあきらめていたけれど、もしかしたらその声質自体も変えられるんじゃないか、と。
 こんな個人的な事を紗枝さんに話すのもどうかな、と思ったのだが、何だか話さずにはいられなかったのである。
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