路地裏で怪しい影に遭遇したこと~②

文字数 1,268文字

 ああ、やっぱり曲がるんじゃなかった。
 月も見えない暗闇にポツンと灯る灯りの下の黒い影。

光景に、呼吸が止まり、全身の毛穴が一斉に開く音が聞こえた気がした。瞬間、踏み出しかけた足が止まる。静かに、ゆっくりと。これ、僕には見えちゃいけないはずだろ? 生まれてから一度だってそんなものは見たことも感じたこともないし、霊感なんてないはずなのに。僕はどうすることもできず固まったままでいた、その間も街灯の下の人影から目を逸らすことができない。
 ところが、衝撃が徐々に収まるにつれ、どうやらそれが思ったような「恐いモノ」とは少し違っているような気がし始めた。
 変――なのである。
 その人影はどうやら黒いマントのような物を羽織り、つばの広い帽子を被った男(?)の後ろ姿のようだった。およそ街中(まちなか)の路上でそうそう出会う類の外観とも思えないが、少なくともこの世の物というか、おそらくは「人間」だった。普通に足が付いて――足?
 ほの暗い灯りの下で、膝丈のマントの下に見えていたのは、ガニ股の素足と踵を履きつぶした白っぽいスニーカーだった。街灯の下の男は、電柱の陰に隠れて前方を伺っているようなのだ。こちらには全く気付いていない。更によく見ると、着ているのはマントではなく、トレンチコートのようだ。両手はずっとポケットに突っこんだまま肩をすぼめて、頻繁に体を左右に小刻みに揺らしていた。
 挙動不審である。誰がどう見ても変だ。というより、これってもしかして――
 その様子は同じ大学の工学部の、とある友人を連想させた。その彼が着ているのは白衣だが、彼は研究室が暑いからという理由で、よくパンツ一丁の上に直に羽織ってキャンパス内をうろついているのだ。そして、時々冗談で「ばぁっ!」と言って両手を広げて白衣の前をはだけさせ、容赦なく飛んでくる罵声を浴びて悦に入る、という妙な趣味を持っていた。もちろん対男友達限定の行為で、当人も心得た上での悪行ではある。間違っても敷地の外でやるなよ、と皆にも念を押されてはいるのだが。
 その映像が頭の中で予知夢のように再生された。一瞬、まさかと思ったが、背格好が違うのでその彼ではない。ただ、眼前の黒い人影がこれからどういう動作をするのかは、確信を持って予測できた。こいつは世の女性の敵となる行為を企んでいる良からぬ輩、要するに変質者だ。そして、前方から獲物が来るのを今まさに待っているのである。
 しかし――少し冷静になると、見れば見る程、その様子に次々と疑問が湧いて来た。
 姿は電柱から完全にはみ出ているし、そんなに動いているし、絶対に気付かれるぞ。だいいち、後ろから誰かが来ることは全く想定していないのか? 実際に僕が来たし、まだ僕が居ることに全然気付く様子もないし。そういえば公園の入口の横に交番があった。今すぐ引き返して通報しておいた方がいいかな、いや、だいたいわざわざ交番のすぐ近くで、このような下劣な行為を企んでいる、というのもどうなんだろう、わざとなのか。
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