にこやかに、喝、を入れられたこと~④

文字数 1,000文字

「どうして、人によって声が違うと思う?」
「?」
「例えば、マスターの弾いているギター。全く同じ弦を張っても、あなたのギターとは違う音になるわよね。それはどうして?」と、紗枝さんが僕に問いかけた。
 マスターが手にしているフォークギターは、誰もが知っている王道ブランドの最上位の機種だった。
「値段の違い、と言ってしまったら身も蓋もないですよね。えーと、ボディの材質、構造、形、大きさ……それらの総合的な違い」と、僕が答える。
「そうよね。弦が発する音自体は同じだけど、共鳴する箱の違いで音が変わる」
 正解、というふうにマスターも頷く。
「人も、声帯自体が発する音にほとんど違いはないのよ。共鳴する箱である体の差で音が違って聞こえる」
「声帯の音に違いはないんですか」
 それなら本当にギターの弦だ。
「たぶん、輪ゴムを束ねて弾いたような。小さいし、そんなにきれいな音じゃないのよ」
「そうなんですか」
 声帯の音がきれいじゃない、とは意外である。
「もし、ギターの音が何か不自然だ、響かない、と感じたら、何を疑う? 弦?」と、紗枝さんは続けて問う。
「弦なら切れたら当然わかるし、サビたりしてダメなのもだいたいわかりますね」
「人の声も、声帯が原因なら、見る人が見ればわかるわ。声が常に嗄れているわけでもないし、あなたの先生もそうは言ってないんでしょう?」
「嗄れるたりかすれたりするのは、がんばって歌った時、長時間話をした時、ですかね」
「それはそれで問題ありだけど、ちょっと別の話だから置いておくわ。たぶんあなたの弦、というか声帯自体は問題ないとして。それじゃあ弦以外の原因は?」
「ボディが割れた、力木剥がれ、ネック、ナット、サドルの不良などですね」
「お、さすがに詳しいね」と、ここでマスターが口をはさむ。
 それは、あのギターが来たおかげである。手許に届いたとき、なんとなく響きがぼんやりしていると感じて、弾き具合の調整も兼ねてあのギターショップに持って行った所、ボディ内部の背面の力木という部位が何本か剥がれかけていて、緊急入院となってしまったのである。そして、その修理が上がったのがあの夜だったというわけなのだ。
「声に当てはめると、声帯で発生した音が共鳴する過程で何か問題があったということよね」  
 紗枝さんの説明は、ギターの例えを交えると、とたんにわかりやすくなってきた。
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