第15話

文字数 1,739文字

 俺の自転車は、キイキイと耳(ざわ)りな音を立てながら闇の中を疾走(しっそう)していく。

 海斗の家で、機械油をさしてもらえばよかっただろうか。でもあのときは、おじさんと話すだけで精一杯だった。
 
 ひどく緊張して手足がガチガチだったから、こうして自転車を()いでいると、筋肉がやわらかくほどけていくような気がする。
 
 斜め後ろから、海斗の自転車が控えめな音を出してついてくる。振り向くと、嬉しそうな表情の海斗と目が合った。
 
 おじさんに外泊許可をもらったあと、玄関に立つおじさんの背後に、疲れた様子のおばさんが立っていた。
 おばさんは硬い表情で、簡単に許可を出したおじさんに、責めるような視線を向けていた。でも、あきらめたように口元を緩めると、家の中へ引っ込んでしまった。
 
 今夜、予定通り行けると知った瞬間、海斗は俺を見てすごく嬉しそうに笑った。その笑顔がまぶしくて、胸が熱くなった。

 

 小学校の横に自転車を停め、俺たちは裏山を目指した。辺りは真っ暗で、月明かりだけが頼りだ。

 俺達は懐中電灯を取り出し、足元を照らす。雑草が一面鬱蒼(うっそう)と盛んに茂っているさまは、まるで獣道(けものみち)だ。

 ザッザッと二人分の足音を聞きながら黙々と歩いていると、ここが通い慣れたはずの、学校の近くだなんて思えない。

 海斗と二人、遠い距離を旅してきたような、そんな錯覚に(おちいり)りそうだった。
 その道が終わると、小さな草原が出現した。

 小さな山の真ん中辺りは、ぐるりと背の高い木々に囲まれ、空に向かってまるく切り取られたような形になっている。
 
 星空をながめるには最高の場所だった。

 俺は海斗と約束を交わしてから、日没前の明るい時間帯に何度も一人でこの場所を訪れていたが、今夜は神聖な領域になっていた。
 
 俺たちはおしゃべりも忘れ、目と目で合図を出し合うと、真っすぐ進んだ。
 
 まるで、ここだけ月の光を独り占めしているみたいだ。

「すごい……うそみたいに綺麗」

 海斗が興奮気味につぶやく。俺も同じ気持ちだった。
 この目前に広がる情景をどんな言葉で表現したらいいのか、子供の俺には難しかった。

 夜の風が、さわさわと木々の間を流れ、頬を優しくなでていく。
 胸の中に様々な思いが広がり、俺は込み上げるものをぐっと堪えた。

 やっと一緒に来られた安堵感と、海斗との別れが迫っている現実と、そして、かたくなに閉じていた自分の心。
 
 いろんな思いが(あふ)れて混ざり合った。
 
 海斗は今何を考えているだろう。二人ともしばらく黙ってその場に立ちつくした。

 持参したシートを広げ準備を整え、俺と海斗は並んで仰向けに寝転がった。

 地面から見上げると、夜空がパノラマに広がり、より迫力が増す。
 星がこちらに向かって今にも降ってくるように感じて、思わず口を開けて見入ってしまった。

 鈴の音のような、虫たちの(さえず)り。
 その音色は、頭の上から体の周りから、足下から、まるで湧き出すように奏でられ、まるで俺達を歓迎しているようだった。

「北極星、今まで見た中で一番光ってるね。(まぶ)しいくらい」

 まだ声変わりのない海斗の声が、心地よくて、俺はあったかい気持ちになった。

「ほんとだ。あんなに強烈に光ってるの、見たことねーな」
 
 闇に目が慣れてくると、小さな星たちも鮮明に確認できる。
 そして時折、流れ星が夜空を滑っていく。

「左上がカシオペア……その下がケフェウスかな」

「うん、右が北斗七星、おおぐま座、うしかい座」

「すっげー、プラネタリウムみたいによく見えるな」

「あ! 見て! また流れ星!」

 それはとてつもなく大きかった。

 白く糸を引く流れ星とはけたが違った。
 
 流れる前に膨張(ぼうちょう)したのか、他の星よりも数倍の大きさの細長く光る石がぱっとオレンジ色に発光する。
 そして、宝石のように細やかな輝きをまき散らしながら、他の星の間を移動していった。

 スローモーションのようにゆっくり、キラキラと(くだ)けて消えた。


 
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