第24話 エピローグ
文字数 1,938文字
「そうですか……」
だから出口先生は「人助け」なんて言い方をしたのか。
草本先輩は、なにかを抱えていそうだなとは感じていたけれど、まさかこんな事実を聞かされることになるとは予想もできなかった。
実際、知ってしまった衝撃は計り知れなくて怖かった。
――本当に、俺が聞いてよかったんだろうか
「あの、先輩」
「ん?」
「今でも俺を瞬くんみたいに思ってますか」
先輩は首を横に振った。
「わからない。でも、夏休みに入ってお前の様子を見てるときは、単純にお前のことが心配だった」
「まるっきりストーカーですよね」
先輩は黙ってしまった。まだその目は赤い。
「いや、うん、よく考えるとヤバいよな、俺」
「よく考えなくても、相当ヤバいですよ」
初めて気づいて反省しているように、「ああー」とうなりながら頭を抱えている。
「だってさーほら、とにかく夢中だったからな」
「夢中ですか」
俺も夢中だった。海斗と星を見たい、想い出を作りたい。その一心だった。
「俺も同じです」
「そうか」
先輩は持参したペットボトルの麦茶を俺に分けてくれた。ぬるかったけど、喉を潤 すには充分だった。
時刻はすでに明け方近くになっていて、二人ともヘトヘトに疲れていた。先輩を俺の部屋に案内して、シングルベッドに一緒に寝転がった。
「泊めてもらうお礼に、明日部屋の掃除してやるよ」
「なんだか上からですね」
「料理も得意だけど」
「……買い物は俺が行きます」
まどろみの中で、先輩が寝返りをうったのに気づいた。眠くて仕方がなくて、まぶたも開けられないほどなのに、意識だけはいつまでも部屋の中をふわふわ漂っていた。
ベッドの隣で、再び衣擦れの音が繰り返され、何度も息が吐き出される。
「――田神、起きてるか?」
俺の意識は起きていたけれど、返事をするには眠すぎた。
「まあいいか。お前さ、馬鹿なこと考えてなかったか」
はなから俺の返事は期待していなかったのか、先輩は勝手に話を続けた。
「あの時、今夜のお前は特にヤバイような気がしてさ。訳のわからない胸騒ぎがして……転がってるお前見たら、めちゃくちゃ焦 った。だから、お前の無事を確認してマジでほっとしたんだ」
その時の事を思い出したのか、先輩はまた長いため息をついた。俺は、重くてすぐにひっつきそうになるまぶたをようやく押し上げた。
「お前がその親友を大事に思ってるように、そいつだってお前のことすげえ大事に思ってるよ。だからさ、親友のためにも前を向いていけよ。――俺は、生きられなかった瞬 の分も、生きてやるって決めた。過ぎた時間はどうしたって取り戻すことはできないし、やり直せない。だからこそ、悔いのないよう生きてやるって親父とも、互いに約束したし、墓前で瞬 に報告もした」
すん、と軽く鼻をすする音がした。まさかこの人、泣いてるのか。
「べつに俺のためでもいいし」
「なんで先輩のために生きなきゃなんないんですか」
「やっぱ起きてんじゃねーか!」
「先輩のせいで目が覚めちゃったんですよ」
「こんなこと、俺が言ってもいいのかわからないけど」
「なんですか」
「お前の両親は、お互いが常にそばにいないとダメなんだろうな。瞬 にとっての、俺みたいな存在なのかもしれない」
「そうですね。そうだと思います」
「お前のことも大事だけど、きっとどうしようもないんだろうな。片時も離れていられないんだ」
「はい」
俺の両親はたった一人の息子よりも、妻と、夫と、生きることを選んだ。けれど、家族三人で暮らしているころは、俺は確かに愛情をかけて育ててもらった。
どちらかと言えば放任主義だったけれど、遊んでくれた想い出はたくさんある。
よほど悪いことをしない限り、怒られたことなんてなかった。ライターで遊ぶような、危険なことをしたらきつく叱られたけど、いつも守ってもらっていた。
――そうだ、愛されていなかったなんて、思いたくないし、思えない
父さんと母さんは、底抜けに明るくて優しい人種だと思う。
でも、二人は離れては生きていけないくらい、互いが必要な相手なのだ。持っている愛情の全てが、相手に向かっている。
なら、父さんと離れていた数ヶ月間、母さんは淋しかったに違いない。それはきっと、身を裂かれるような思いだったかもしれない。俺のために我慢していたのだ。
それは父さんも同じだろう。知り合いのいない外国で一人、母さんがそばにいない日々は、どんなに辛かっただろうか。
だから出口先生は「人助け」なんて言い方をしたのか。
草本先輩は、なにかを抱えていそうだなとは感じていたけれど、まさかこんな事実を聞かされることになるとは予想もできなかった。
実際、知ってしまった衝撃は計り知れなくて怖かった。
――本当に、俺が聞いてよかったんだろうか
「あの、先輩」
「ん?」
「今でも俺を瞬くんみたいに思ってますか」
先輩は首を横に振った。
「わからない。でも、夏休みに入ってお前の様子を見てるときは、単純にお前のことが心配だった」
「まるっきりストーカーですよね」
先輩は黙ってしまった。まだその目は赤い。
「いや、うん、よく考えるとヤバいよな、俺」
「よく考えなくても、相当ヤバいですよ」
初めて気づいて反省しているように、「ああー」とうなりながら頭を抱えている。
「だってさーほら、とにかく夢中だったからな」
「夢中ですか」
俺も夢中だった。海斗と星を見たい、想い出を作りたい。その一心だった。
「俺も同じです」
「そうか」
先輩は持参したペットボトルの麦茶を俺に分けてくれた。ぬるかったけど、喉を
時刻はすでに明け方近くになっていて、二人ともヘトヘトに疲れていた。先輩を俺の部屋に案内して、シングルベッドに一緒に寝転がった。
「泊めてもらうお礼に、明日部屋の掃除してやるよ」
「なんだか上からですね」
「料理も得意だけど」
「……買い物は俺が行きます」
まどろみの中で、先輩が寝返りをうったのに気づいた。眠くて仕方がなくて、まぶたも開けられないほどなのに、意識だけはいつまでも部屋の中をふわふわ漂っていた。
ベッドの隣で、再び衣擦れの音が繰り返され、何度も息が吐き出される。
「――田神、起きてるか?」
俺の意識は起きていたけれど、返事をするには眠すぎた。
「まあいいか。お前さ、馬鹿なこと考えてなかったか」
はなから俺の返事は期待していなかったのか、先輩は勝手に話を続けた。
「あの時、今夜のお前は特にヤバイような気がしてさ。訳のわからない胸騒ぎがして……転がってるお前見たら、めちゃくちゃ
その時の事を思い出したのか、先輩はまた長いため息をついた。俺は、重くてすぐにひっつきそうになるまぶたをようやく押し上げた。
「お前がその親友を大事に思ってるように、そいつだってお前のことすげえ大事に思ってるよ。だからさ、親友のためにも前を向いていけよ。――俺は、生きられなかった
すん、と軽く鼻をすする音がした。まさかこの人、泣いてるのか。
「べつに俺のためでもいいし」
「なんで先輩のために生きなきゃなんないんですか」
「やっぱ起きてんじゃねーか!」
「先輩のせいで目が覚めちゃったんですよ」
「こんなこと、俺が言ってもいいのかわからないけど」
「なんですか」
「お前の両親は、お互いが常にそばにいないとダメなんだろうな。
「そうですね。そうだと思います」
「お前のことも大事だけど、きっとどうしようもないんだろうな。片時も離れていられないんだ」
「はい」
俺の両親はたった一人の息子よりも、妻と、夫と、生きることを選んだ。けれど、家族三人で暮らしているころは、俺は確かに愛情をかけて育ててもらった。
どちらかと言えば放任主義だったけれど、遊んでくれた想い出はたくさんある。
よほど悪いことをしない限り、怒られたことなんてなかった。ライターで遊ぶような、危険なことをしたらきつく叱られたけど、いつも守ってもらっていた。
――そうだ、愛されていなかったなんて、思いたくないし、思えない
父さんと母さんは、底抜けに明るくて優しい人種だと思う。
でも、二人は離れては生きていけないくらい、互いが必要な相手なのだ。持っている愛情の全てが、相手に向かっている。
なら、父さんと離れていた数ヶ月間、母さんは淋しかったに違いない。それはきっと、身を裂かれるような思いだったかもしれない。俺のために我慢していたのだ。
それは父さんも同じだろう。知り合いのいない外国で一人、母さんがそばにいない日々は、どんなに辛かっただろうか。