第17話

文字数 1,730文字

「そりゃ、すごく頑張ったから、合格は素直に嬉しかったし、最後には納得してたからよかったんだ。でも……結局、学校をやめることになっちゃった」
 
 小さなため息とともに、語尾は小さく震え目元がキラリと光った。
 海斗は仰向けに戻ると、顔をブランケットですっぽり(おお)った。
 俺も同じように仰向けになり、夜空を見上げる。

 再び目の前に広がる星空に、吸い込まれそうになった。
 俺は、何も言葉が見つからなかった。
 
 こうして、ただ海斗のそばにいることならできるのに。

 ――ただ、そばに。……そうか。

 俺はこうして、海斗と二人きりで、誰にも邪魔されない場所で、語り合いたかったんだ。
 星が見えなくても、曇り空でもいい。人々が眠っているこの時間帯に、海斗と一緒に過ごしたかったんだ。

「俺だけはずっと、お前の味方だってこと、忘れるなよ。海斗」

 くぐもった声で、(かす)かに返事が聞こえた。俺の声が届いたことに安堵(あんど)した。

 しばらく無言で夜空を見上げていたら、目頭が熱くなって鼻の奥がツンとしてきた。
 星がぼやけて目の端から温かい液体が流れ落ちる。

「星の数は無限だけど、同じものは二つとない。海斗は俺にとってたった一人の友達だろ。誰も海斗の代わりにはなれないし、俺だって、海斗が好きだ。……遠くに行ってほしくないよ」
 
 ズッと鼻水をすする音が、すぐ横で聴こえる。海斗も泣いているのかもしれない。

 俺の涙もとめどなく(あふ)れ、耳の奥までたどりつき、ゴ……ゴゴ……と小さなうなり声を上げる。
 目を閉じれば、水の中に静かに沈んでいくような、天と地がひっくり返って、海底に吸い込まれていくような。そんな錯覚に(おちい)りそうだった。
 
 見上げる夜空は海底になり、流れを止めない温かい海水は、耳の中で小さな波になった。

「僕、北海道に行ったら、辛かったこととか、苦しかったこと全部忘れたい。それで、いちからやり直したい。毎日楽しく過ごしたい。……できるかわかんないけど」

 自分の運命を、なんとか前向きに捉えようと、もがいている。そんな海斗の思いが、痛いほど伝わる。

 きっとそれが、今の海斗の、精一杯の目標なのだろう。

「お前ならできるよ……大丈夫だ」

 海斗は、勢いよく起き上がると、俺の顔をのぞき込んだ。

「ほんとに、そう思う?」

 俺も起き上がり、海斗と目線を同じにする。

「ああ。目標に向かって、頑張れるのがお前の強みだろ。俺はそう思ってるよ」

「――そうかな」

 体に巻き付けたブランケットの表面を、海斗の手のひらが、くるくると円を描くように撫でている。
 ゆっくりと、止まったり、再び動いたり。

「それならさ……歩夢も一緒に、学校生活楽しもうよ。北海道と東京で頑張ろうよ。ね? 歩夢が一緒なら僕、すごく(はげ)みになるから」

「海斗……」

 海斗とは、何千キロも離れてしまう。その事実は、ギリギリまで目を()らしたくなるほど怖くて怯えていた。
 でも、そんな風に考えれば、少しずつ淋しさに慣れていけるのだろうか。

「そう、だな……」
 
 以前の、昔の自分のように前を向いて、頑張る姿を想像してみる。

 ――海斗と一緒なら、俺は自分の未来の先を、想像できるのか……
 
「わかった……俺も頑張るよ。海斗と一緒に」

「絶対だよ! 約束!」

 海斗が、俺に向かって小指を差し出す。「指切りげんまん」だ。

 海斗の表情は、家に迎えに行ったときよりも、断然明るい。頬には涙の(あと)が残っているけれど、なにか吹っ切れたような、スッキリした顔に見える。
 俺も涙を流したのが久しぶりすぎて、目はヒリヒリするし鼻は苦しいし、きっとひどい顔だろう。

 でも、海斗と同じに見えているといい。そう思った。

「歩夢はさ、まず部活決めないとね」

「あ――――、そうだな。マジ悩む」

「あとね、彼女ができたらすぐ報告すること」

「は? いや、なに言ってんだよ、俺男子校だよ? そもそも出逢いがないし無理だって」

 二人分のはしゃぐ声が、闇の中に心地よく響いた。


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