第25話 エピローグ
文字数 2,159文字
「そう考えると、俺のせいでかわいそうなことしちゃったな……俺が中学受験したいなんて言ったから」
俺が自虐的 にそう呟 くと、先輩は頭の後ろで両手を組み、天井を見つめた。
「実際、離れてみないとわからないこともある」
真っ直ぐ一点を見つめる先輩の横顔に、悲壮感はない。
「大切な存在だって自覚はあるけど、そこまで依存心か強いなんて、思わなかったんだろうな」
「依存……」
先輩は慌てたようにこっちを向いた。
「あ、お前のご両親の話なのに、今の言い方は失礼だったよな、すまん!」
「いや、そんなことないですよ。わかりやすい表現です」
「そうか?……」
先輩はしばらく申し訳なさそうに俺を見ていたけれど、天井へ視線を戻した。
「中学受験は誰もが経験することじゃないだろ。今後、例えば大学受験のときに、お前の貴重なスキルとしてこの先きっと役に立つよ。必ず」
「だといいな」
「ちなみに俺も中学を受験したわけだが、楽 して入れたから、高校受験は相当きつかったぞ」
先輩は謙遜 して言ったのだろうけど、中学受験のための塾は一年間のスケジュールを組まれている。結果的に遊ぶ時間を削らなければならず、決して楽なものではない。
そして、あの受験会場の空気。正直、小学生のうちに体験したくはなかったなと、未だに思う。
「先輩は、高校からうちの学校に入ったんですね」
「ああ。ほとんどギリギリ、滑り込みで入った」
子供を中学受験させようとする親の多くは、「高校受験で苦労させたくない」という考えが圧倒的に多い。
四年生から入塾するから金がかかり、それなりにリスクはあるが、中高一貫校は中学から入る方が偏差値が低いのだ。例えば偏差値五十の中学校は、高校で六十くらいになる。
よほど成績や素行に問題がない限り、エスカレーター式に高校に進学できる。俺の場合は、中学受験をするという海斗の影響が大きくて、自分から親に受験したいと申し出た。偏差値に関してはよく理解していなかったが、「高校進学が楽になるらしい」というような話を両親がしていたことがある。
海斗の場合は、おばさんが積極的に事を進めたようだけど。
でも結局、海斗にとっても俺にとっても、中学受験はプラスにならなかった。まだまだ先の大学受験に、あの体験が役に立つのかどうかなんて、想像できない。
草本先輩が高校受験をしたということは、せっかく入学した私立の中高一貫校をやめたということになる。
「まだ小学生の頃だけど、瞬が……。こんな高校なら行ってみたいって言ったんだ。制服も格好いいって。それが、うちの学校」
「そうだったんですね」
「ソファーに並んで、一緒に見たんだ。タレントが母校を訪ねる番組で、うちの高校が出てさ、瞬のやつ目をキラキラさせて見てたな。――俺と、兄ちゃんと一緒に行けたらいいのにって」
当時を思い出しているのか、先輩は口元に笑みを浮かべた。先輩のそんな表情を見ていたら、俺の頭の中にひどくばかげた思考が浮かんだ。
俺を、弟の瞬くんみたいに思えばいいのに、って。そんな台詞が口をついて出てしまいそうだった。
ぱっと口元を押さえる俺の様子を、先輩は不思議そうに見た。
「お前はまだ中学生になったばかりだから、親と離れるのは淋しいかもしれないけど、高校生になればどんどん楽しくなるぞ。親が家にいなくて、しかも金には困らない。そんなの最高じゃないか」
先輩がうらやましそうに言うものだから、俺は思わず吹き出してしまった。
「笑うな。……まあ、数年後には嫌でも実感するだろうな」
そういうものなのか。俺はいまいちピンとこなかった。先輩は続ける。
「それに、たとえ遠く離れても、家族の縁 は簡単に切れるもんじゃないだろ。逆に、血のつながっていない他人同士が、家族のような親密な関係になれたりする。まだ中一のお前にとっては複雑かもしれないけど、俺は、家族みんなが元気で楽しく暮らせたら、それだけで充分幸せだと思う」
先輩の言葉には重みがあった。
大切な家族を亡くした先輩の言葉だからこそ、俺の中に深く染み込んでいき、胸の奥底にストン、と落ちる。
「いつかあいつに……海斗に話せるのかな、俺」
「話したい、伝えたいって願っていれば、きっと大丈夫だ」
「――悔しいけど、先輩が言うと叶うような気がしますね」
「お? やっと先輩を敬 う心が出てきたかな? 田神くん」
学校での、いつもの調子で言われ、つい不貞腐 れた顔になってしまった。先輩はそんな俺の顔をまじまじと見て、気が抜けたように言った。
「そういやお前、まだ、中一だったな」
「なんですか、今の流れで今更」
「いやだからお前、中一のくせに大人すぎだろ。 むしろお前は、もっと周りに甘えることを覚えろよ。俺のクラスには、お前よりバカで幼稚な奴らがゴロゴロして……言っとくけど、この場合の「バカ」ってのは成績とかは関係ないやつだ」
「……それってつまり、可愛げがないってことですよね」
「悪い方にとるなよ」
「わかってます」
俺が
「実際、離れてみないとわからないこともある」
真っ直ぐ一点を見つめる先輩の横顔に、悲壮感はない。
「大切な存在だって自覚はあるけど、そこまで依存心か強いなんて、思わなかったんだろうな」
「依存……」
先輩は慌てたようにこっちを向いた。
「あ、お前のご両親の話なのに、今の言い方は失礼だったよな、すまん!」
「いや、そんなことないですよ。わかりやすい表現です」
「そうか?……」
先輩はしばらく申し訳なさそうに俺を見ていたけれど、天井へ視線を戻した。
「中学受験は誰もが経験することじゃないだろ。今後、例えば大学受験のときに、お前の貴重なスキルとしてこの先きっと役に立つよ。必ず」
「だといいな」
「ちなみに俺も中学を受験したわけだが、
先輩は
そして、あの受験会場の空気。正直、小学生のうちに体験したくはなかったなと、未だに思う。
「先輩は、高校からうちの学校に入ったんですね」
「ああ。ほとんどギリギリ、滑り込みで入った」
子供を中学受験させようとする親の多くは、「高校受験で苦労させたくない」という考えが圧倒的に多い。
四年生から入塾するから金がかかり、それなりにリスクはあるが、中高一貫校は中学から入る方が偏差値が低いのだ。例えば偏差値五十の中学校は、高校で六十くらいになる。
よほど成績や素行に問題がない限り、エスカレーター式に高校に進学できる。俺の場合は、中学受験をするという海斗の影響が大きくて、自分から親に受験したいと申し出た。偏差値に関してはよく理解していなかったが、「高校進学が楽になるらしい」というような話を両親がしていたことがある。
海斗の場合は、おばさんが積極的に事を進めたようだけど。
でも結局、海斗にとっても俺にとっても、中学受験はプラスにならなかった。まだまだ先の大学受験に、あの体験が役に立つのかどうかなんて、想像できない。
草本先輩が高校受験をしたということは、せっかく入学した私立の中高一貫校をやめたということになる。
「まだ小学生の頃だけど、瞬が……。こんな高校なら行ってみたいって言ったんだ。制服も格好いいって。それが、うちの学校」
「そうだったんですね」
「ソファーに並んで、一緒に見たんだ。タレントが母校を訪ねる番組で、うちの高校が出てさ、瞬のやつ目をキラキラさせて見てたな。――俺と、兄ちゃんと一緒に行けたらいいのにって」
当時を思い出しているのか、先輩は口元に笑みを浮かべた。先輩のそんな表情を見ていたら、俺の頭の中にひどくばかげた思考が浮かんだ。
俺を、弟の瞬くんみたいに思えばいいのに、って。そんな台詞が口をついて出てしまいそうだった。
ぱっと口元を押さえる俺の様子を、先輩は不思議そうに見た。
「お前はまだ中学生になったばかりだから、親と離れるのは淋しいかもしれないけど、高校生になればどんどん楽しくなるぞ。親が家にいなくて、しかも金には困らない。そんなの最高じゃないか」
先輩がうらやましそうに言うものだから、俺は思わず吹き出してしまった。
「笑うな。……まあ、数年後には嫌でも実感するだろうな」
そういうものなのか。俺はいまいちピンとこなかった。先輩は続ける。
「それに、たとえ遠く離れても、家族の
先輩の言葉には重みがあった。
大切な家族を亡くした先輩の言葉だからこそ、俺の中に深く染み込んでいき、胸の奥底にストン、と落ちる。
「いつかあいつに……海斗に話せるのかな、俺」
「話したい、伝えたいって願っていれば、きっと大丈夫だ」
「――悔しいけど、先輩が言うと叶うような気がしますね」
「お? やっと先輩を
学校での、いつもの調子で言われ、つい
「そういやお前、まだ、中一だったな」
「なんですか、今の流れで今更」
「いやだからお前、中一のくせに大人すぎだろ。 むしろお前は、もっと周りに甘えることを覚えろよ。俺のクラスには、お前よりバカで幼稚な奴らがゴロゴロして……言っとくけど、この場合の「バカ」ってのは成績とかは関係ないやつだ」
「……それってつまり、可愛げがないってことですよね」
「悪い方にとるなよ」
「わかってます」