第26話 エピローグ

文字数 1,120文字

 俺と草本先輩の関係も、これから変化していくんだろうなと、ごく自然に考えていた。嬉しいようなくすぐったいような、妙な心地だった。
 
 出逢ってからの関係を振り返ると、まったく信じられないような展開だ。先輩の存在が、こんなにも近くて、しかもそれが嫌じゃないのだから笑ってしまう。
 先輩から逃げ回っていたころの自分に教えてやりたい。ひどく驚いて、きっと信じてくれないだろう。
 
 先輩も俺も、後半はお互い眠すぎて徐々に呂律(ろれつ)が回らなくなり、会話もどんどんゆるくなっていった。気づいたら、いつのまにか眠ってしまっていた。
 二人とも、疲れ切ってたのだ。
 
 ――本当にいつか、大人になってからでもいいから……海斗に打ち明けたい

 そんなことをつらつらと考えながら、俺は、眠りの中へ落ちていった。
 
  

 
 
 
 ――――また、夢だ

 俺は一人で裏山に来てしまい、寝転がって夜空を見上げている。
 
 すぐ近くで人の気配がして、右を見ると、北海道にいるはずの海斗が、俺と同じような恰好で寝転んでいた。左には、草本先輩がいた。
 二人とも笑顔で、瞳をキラキラさせて空を見上げていた。俺は嬉しくて手を伸ばし、二人の手を握った。すると、ぱっと一瞬で二人とも消えてしまった。

 びっくりして飛び起きると、団地の自分の部屋だった。胸がドキドキしている。ついさっきまで、視界いっぱいに広がっていたのは星空だったのにと、脱力した。

「あちい……」

 頬や額が濡れていた。汗と涙が混ざった不快感で気持ち悪い。エアコンのリモコンを捜し、除湿のスイッチを入れた。
 
 枕はベッドから落ちたようで見あたらない。シーツが濡れていないか、手のひらで確かめようと手を伸ばした。と、むにっとやわらかいものが手の甲に当たった。
 草本先輩のほっぺただった。

「……あ、びっくりした。そうか夕べ……うっ、なんかべたついてる」

 草本先輩は目覚めることなく、俺のすぐ横でくうくう寝息を立てていた。
 
 口が半開きで間抜けな寝顔だ。眼鏡がずれてひしゃげていたので、起こさないようそっと外してやる。先輩の寝顔はやたらに幼く見えて面白かった。今後、口で負けそうになったら、これを指摘してやろうかと思案をめぐらす。
 
 俺の口元は緩んだ。誰かがそばにいることにひどく安心して、嬉しくて。
 
 俺は再び、目を閉じる。

 どんな夢を見たっていい。目が覚めたら、その日一日を大切に、少しでも前を向いて過ごせますようにと、考えられたらいい。一人ぼっちじゃないなら、それができるような気がした。
 
 そう、祈りたかった。

 
 了

 
 

 
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