第11話 

文字数 2,826文字

 もうすぐ夏休みだが、あれから海斗とは一度も会えていない。顔が見られないのは心配だったけれど、きっと休みに入れば頻繁(ひんぱん)に会えるはずだ。
 
 俺は努めて余計なことは考えないようにしていた。
 
 その代わり、毎晩俺の携帯に海斗から電話が入る。
 
 決まって夜の八時頃だ。けれど、通話二十分くらいで海斗はそわそわしだして、それから五分、十分後に電話を切ってしまう。おそらくは、おばさんの入浴中にこっそりかけてくるのだと思う。
 
 今夜も俺は、海斗と電話で話していた。

「来週末か、再来週が本番の予定だから、そのつもりでいてくれよ」

「え、ほんと? そのあたりがベストな日なの?」

 海斗の弾んだ声が、携帯越しに聞えてくる。心の底から、楽しみにしているのが伝わってくる。
 そう、毎回電話で話す海斗は、声色は明るいし元気だ。

 俺も海斗を安心させたくて、明るい声て言った。

「集めた情報と先生たちの話では、七月末から八月上旬なら大丈夫だろうってさ」

 本当なら、厳選して一番綺麗に見える日を決行日にしたい。
 
 けれど、優先すべきは海斗と二人で星を見に行くということだ。日程にこだわって当日雨や曇りでガッカリ、なんてことのないように、予備日は多めに用意するつもりだ。

「うわあ、いよいよだね。楽しみだなあ」
 
 海斗の声は明るすぎて、(から)元気に聞こえなくもないが……。まあ、それは仕方のないことだし、せっかく明るい雰囲気なのに水を差すようなことは言いたくない。

「海斗、俺には何でも言えよ。いくらでも聞いてやるからさ」
 
 しばらく沈黙が続いた後、小さく「うん」という声が聞こえた。

「いろいろありがとう、歩夢」
 
 電話を切る前にささやかれ、耳が熱くなる。
 
 絶対に成功させたい。生涯忘れられない思い出を作ってやりたい。不安を抱えながらも、北の大地で頑張れるような、心の支えとなる思い出を。

 遠くへ行ってしまう海斗への、贈り物になるように。



 ♢♢♢



 中等部と高等部は、中庭を挟んで向かい合わせに校舎が建っている。
 だから、登校時や下校時ならともかく、それ以外の時間帯に、中等部の校内で高校生を見かけることはない。
 
 禁止されているわけじゃないから、互いの校舎に行き来するのは可能で、俺は今回、星座観察の情報収集のために、初めて高等部の校舎に行った。一日目はえらく緊張したけれど、慣れてしまえばどうってことない。
 
 ただ、中等部と高等部では制服のデザインが違うから、中学生なのはまるわかりなわけで、数人からは好奇の視線を向けられた。

 でも、あからさまにジロジロ見られることはなかったから、さすが、高校生は大人なんだなと感じたのだ。

 で、欲しいだけの情報は入手したし、もう用はないから、その後は高等部校舎へは行っていなかった。――なのに……。
 
 このところなぜか、こっちの校舎で毎日、高校の制服を見るのだが。

 「田神(たがみ)ぃー。例の先輩がまた来てるぞー」

 教室の入口近くのクラスメイトが、律儀(りちぎ)に俺を呼んでくれた。
 俺は「またか」と思いつつ応える。

「あー……、はいはい」
 
 週に二~三回、昼休みになると、草本先輩が俺の教室まで、食事の誘いに来るようになったのだ。
 
 中等部も高等部も、それぞれの棟にカフェテリアがある。中等部は、高等部に比べると規模は狭いが、うどんや丼ものを販売する売店がある。
 
 基本的にほとんどの中学生は、母親お手製の弁当を持参して教室で食べるから、カフェテリアが混雑することは滅多(めった)にない。
 
 俺は毎日、売店で昼食を買っている数少ない一人だ。
 
 弁当類を販売していない代わりに、その場で調理してくれる温かいたぬきうどんや天丼とかの方が美味くて気に入っている。

 むしろ、冷凍食品を詰め込んだだけの弁当を持参するやつには、うらやましがられたりするのだ。

「ねえ~田神くーん、つれないなぁ~、一度くらい僕のランチに付き合ってくれてもいいんじゃないの~?」
 
 草本先輩は昼休みに中学棟に来るたび、毎回同じセリフを言う。

「先輩、一緒に食べてくれる友達いないんですか。ぼっちですか」

「ひっどいなあ~。僕これでも友達たっくさんいるんだよ。ここに来る前に数々の誘いを断って来るんだから。君は選ばれた人間なんだよ、田神くーん」

 意味が分からないし、別にそんなこと誰も頼んでいない。
 
 こんな感じのやり取りを毎回しているものだから、俺のクラスでは昼休みの名物的な光景になりつつある。
 
 クラスであまり目立ちたくない俺にとっては、不本意なのだが。

「なあ田神、一回くらい昼飯付き合ってやってもいいんじゃね? 高校の先輩だしさ、かわいそうだよ」

「やっぱ田神ってすげえなあ、高校の先輩と仲いいなんて」

 草本先輩相手に、つれない態度を崩さない俺に、クラスメート達が口々にそんなことを言ってくる。
 
 みんな、先輩の見た目に騙されているのだ。四つも年上だけど小柄で、常に笑顔を絶やさずフレンドリーで、なおかつ威圧感がないからだろうけど。

 けれど、一度気を許したら最後、先輩のペースにずるずる引きずられて、いつの間にか天文学同好会に入ってました、なんてことになりかねない。
 
 そんなのはごめんだ、ぞっとする。

 俺の代わりに、親切なクラスメート達が先輩の相手をしてくれるから、俺は黙々と温かいうどんをすすることができる。
 
 初めは遠巻きに見学していたやつらも、本心では高校生に興味津々だったのか、代わる代わる先輩に話しかけたりしている。

 草本先輩は菓子パンをかじりながら、一人一人に応えている。常に明るいし、先輩風を吹かせたりもしないから、うちのクラスでは草本先輩のファンが着々と増えている。

 明らかに、外堀を埋められている状態だ。

「田神は大人だと思ってたけど、先輩相手だと意外に子供っぽいところがあるんだなあ」

 あまり話したことのないクラスメイトにそう言われ、俺は肩をすくめる。

「いや、俺もみんなと同じ、十二歳の子供だからね」

 俺が先輩相手に、ツンな態度を(つらぬ)いているから、そんな風に言われるんだろうけど、その彼は勝手に親近感を持ってくれたようだ。まあ、悪い気はしない。

 この、週に数回の、草本先輩の「お昼休み訪問」に誰もが驚かなくなり、その上、担任までもが「いいかげんあきらめて入部してやったらどうだ?」とか言い出す始末だ。
 
 俺もそのうち、顧問の出口先生に「草本先輩がしつこくて迷惑してます」と苦情を言いに行こうかと思案する。
 
 けれど最も問題なのは、草本先輩を見ても、拒否反応を示さなくなった俺自身かもしれない。
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