第16話

文字数 2,227文字

「すっげー……。なんだ? 今の……」

「すごかったね! あんなに大きいの初めてだよ! あれ流れ星? すごく綺麗だったね!」

「うん、まじですごかったな」

 俺が五歳か六歳のとき、獅子座(ししざ)流星群を両親と一緒に見たことがあった。現在の住まいの清瀬団地へ引っ越す前の、一戸建ての家で。

 あのころは俺も幼かったから、もちろん反抗期なんてまだ先の話で、母さんや父さんに、素直に甘えられていた。

 建売住宅だから、二階のベランダは狭かった。くつろげるスペースなんかなくて、小さい俺は三人でくっついているのが嬉しかった。
 
 季節は冬じゃなかったのに夜中だから寒くて、母さんにモコモコの上着を着せられた。
 俺は両親の間に挟まれる形で暖を取り、夜空を見上げた。

 それまでは、流れ星なんて絵本の中でしか見たことがなかった。とがったヒトデみたいな、星の形。
 子供なりの想像力で、あの形が光りながら、ビュンビュン落ちてくるんだろうかと考えていた。

 実際の流れ星は、想像とはまったく違った。
 白糸みたいな細い光が、ヒュンヒュン黒い夜空を斜めに滑り落ちていった。
 
 最初はそれが星だと気づかなくて、でも父さんの「あれが流れ星だよ、歩夢」母さんの「とっても綺麗ね、あー君」って声がすぐ耳元で聞こえて、ああ、そうか。あれが流れ星なんだ、ってひどく感動した。

 感動して、胸が温かくなって、ポカポカした。でもそれは、三人で見てるから、父さんと母さんが一緒だから。安心感に包まれたこの場所が俺の居場所で、そこから見上げるから、流れ星がこんなにも綺麗で感動できるんだと。

 今だからこそわかる。俺はあのとき夜空を見上げて、確かにそう感じていた。


「あんなにゆっくりなら……願い事が言えたかな」

 海斗がぽつりと、まるで女子みたいなことを言った。

「……だな」
 
 あの流れ星のように、俺の胸の中の灰色のモヤモヤもすべて砕け散ってくれたらいいのに。
 
 隣の海斗の横顔を盗み見た。瞳には月明りが映り込み、ビー玉みたいにキラキラ光っていた。
 
 綺麗だな、と思ったとき、俺の口からするりと素直な気持ちがこぼれた。

「俺さ、……海斗がうらやましかった」

「えっ」

 海斗が弾かれたようにこちらを向いた。

「志望校に受かったのがうらやましくて、しかたがなかったんだ」

「歩夢……」

 海斗の目が、痛いほど真っ直ぐに俺の横顔に注がれる。

「合格を一緒に祝って、祝福した。俺も、志望校には落ちたけど、とりあえず進学先が決まったことに安心してた。……でも、今思えば心の底から、お前の合格を喜べていなかったかもしれない。――現に、あれから四ヶ月も経ってるのに落ちた学校に未練たらたらでさ、まるでやる気が出ない。……だから俺は、(いま)だに帰宅部なんだよ」

 本心を海斗に知られるのは恐かったけど、正直な思いが言葉になった。

「塾の成績もお前より下だったし……だから、自分の感情も(おさ)えていたかもしれない」

「じゃあ、僕の前で歩夢は、自分らしくなかったってこと?」

「どうだろう……半分はそうだったかもな」

「そっか……」

 海斗はそれきり黙ると、夜空を見上げた。

 二人の間を、しん、とした静寂(せいしゃく)が包み込む。

「僕は歩夢が好きだからさ」

 海斗は、体ごとゴロンと横向きにこちらを向くと、大げさにニッと笑いかけてきた。

「好きなヤツのことはよく見てるもんでしょ。なんとなくわかってたよ。歩夢がクラスの友達と遊んでるときと、僕と一緒にいるとき、なんか違うなって」

「えっ、そうか?」

「うん。僕は、周りのそいつらがうらやましかったから」

 笑顔の海斗が、真剣な表情になり、俺は次の言葉を待った。

「僕は、歩夢の一番の友達になりたいから……だから、自分だけ志望校に受かっちゃって歩夢に悪いなって、嫌われたらどうしようって……思ってた」

「海斗……」

 海斗からの意外な告白に、悩んでいたのは自分だけじゃなかったんだと、初めて気づかされる。

「嫌いになるわけないだろ! 俺は海斗のこと、目標を達成したすごいヤツだって尊敬してるし、追いつきたいんだから」

「僕はすごいヤツなんかじゃないよ」

 海斗は、嬉しいのに悲しいような、複雑な顔をした。

 こうしている間にも夜の気温は徐々に下がり、横たわる二人の体温を奪っていく。
 俺はリュックからブランケットを二枚取り出し、一枚を海斗に渡してやる。海斗は手を伸ばして「ありがと」と小さくつぶやいた。

「歩夢はね、僕が欲しいものを全部持っているんだよ」

「は? 俺がか?」

 海斗が目でうなずく。

 俺が渡したブランケット体に巻き付け、ミノムシみたいに丸くなっている。俺も真似(まね)して丸くなった。

「歩夢のお父さんとお母さん、仲がいいでしょ。歩夢は「ウザい」なんて言ってたけど、うちの親みたいに険悪だったら冗談でもそんなこと言えないよ。前に、歩夢の家に行ったとき思ったもん。家の中の空気が全然違うんだ。受験だって、歩夢は行きたい学校を受けさせてもらっただろ。……僕は違う。第一志望校はお母さんが決めたし、併願校も、全部自分で決められなかった。僕が行きたいと思った学校は偏差値が低いから、ダメだって」

「そうか……」





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