第18話

文字数 2,262文字

 海斗と、互いの本心を打ち明け合い、気持ちが通じ合えた。
 
 泣いてすっきりしたのもあったけれど、俺は、未来に向かって真っすぐに歩いて行きたいと、過去にないほど強く願った。
 ――この瞬間だけは、そう思い込みたかった。

 
 

 俺と海斗は、裏山を降りて小学校の裏手まで、来た道を戻っていく。
 校舎横にとめておいた自転車は、(あるじ)の帰りを行儀よく待っていた。

 かごにリュックを入れて、サドルにまたがる。上を見上げると、さっきと少しも変わらぬ様子で、星が俺達を見下ろしていた。

 感動の余韻(よいん)は、まだ残っていた。

 同じく隣で自転車にまたがる海斗と、視線を合わせる。その瞳は(うる)んで光っている。

「行くか」

「うん」

 二台の自転車が、ゆっくり動き出した。

 
 

 見慣れたコンクリートの建物が視界に入ると、なんだか夢現(ゆめうつつ)の世界から現実世界に戻ったような、そんな気分になった。

「すごく感動して楽しかったのに、なんだか……淋しいね」

 横で海斗がポツリとつぶやく。俺も同じ気持ちだった。

「俺は忘れないよ。今夜のこと」

 海斗の顔は何か吹っ切れたように見える。よかった、と思った。
 海斗が前向きな気持ちで旅立ってくれるなら、なにより嬉しい。

 屋根付きの自転車置き場に自転車を置く。海斗の自転車も一緒に並べて置いた。
 
 ――終わった。一緒に無事に見られた。

 安堵のため息が、俺の口から漏れた。
 終わってしまった淋しさよりも、目標を達成できた喜びの方が大きかった。俺の中に、もう悔いは残っていない。
 やり切った、と思えた。
 
 不意に、バス停に向かう人の後ろ姿が視界に入った。こんな時刻だから、自然と視線が引きつけられたのだ。
 
 ――うそだろ……

 その小柄な背中は、時刻表の前で(たたず)んでいる。

 俺は、幻覚でも見たのかと思い、目をゴシゴシこすった。

 この時間なら、ぎりぎり最終バスが来るだろう。
 その人物の体がこちらに向きかけ、顔が見える前に、俺は正面に向き直った。「歩夢」と、海斗に呼ばれる。

「どうしたの。知ってる人だった?」

「いや、なんでもない。さ、行こうぜ」

「……うん」
 
 ここは都下でも、一応東京だ。最終電車は、驚くほど遅い時間帯に運行しているはずだった。
 俺はバス停に背を向けながら、自宅へ向かった。ほんの少し、後ろ髪を引かれる思いがした。


♢♢♢


 俺の自宅に着いたとき、リビングの壁掛け時計は、あと十五分で日付が変わるところだった。
 
 俺も海斗も、シャワーは済ませていたし、涼しくて汗もかかなかったので、そのまま俺のベッドに寝転んだ。

「二人だとさすがに狭いね」

 海斗が天井を見つめなから言う。

「悪いな、我慢してくれ」

「ううん、こういうのすごく楽しいから平気」

「なんだよ、楽しいのかよ」

 海斗が笑うと、その振動が俺にも伝わってくる。

「ほんとに綺麗だったなあ……」

「ああ……」

 二人で、今夜の星座観察を中心に、今日までの出来事とか、学校でのこと、いろんな話をした。
 
 俺は部活のことで散々悩み、海斗に話を聞いてもらった。
 
 海斗は「天文学同好会も意外に面白いかもしれないよ」なんて適当なことを言ったけれど、他人ごとだからそんなことが言えるのだ。
 実際あのオタクっぽい部室を見たら、それこそ海斗なら、回れ右して逃げ出すに決まっている。

 俺たちは一晩中、眠ることも忘れておしゃべりした。

 散々しゃべって睡魔に襲われても、まだまだ話し足りなくて、(まぶた)をショボショボさせながら起きていた。

 再び、「先に彼女ができるのはどっちだ」みたいな話になった。
 海斗は、東京より北海道の方が、可愛い子が多いかもしれないと言い張り、俺は俺で、やっぱり東京にはかなわないだろうと言い、互いに折れなかった。
 くだらないどうでもいい内容が、楽しくてしかたがなかった。

 まだ声変わり前で、外見も女の子みたいな海斗が、彼女を作る気満々なのが可笑(おか)しくて、俺は笑ったし、海斗も笑った。
 
 俺のシングルベッドに寝転がりながら話していたから、いつのまにか、二人ともそのまま眠ってしまった。

 明け方にふと、目を覚ました。
 
 またいつもの夢を見たらしくて、嫌な汗をかいていた。と、同時に(あご)の下がムズムズした。
 犯人は、俺の顔のすぐ下にある、海斗のやわらかい前髪だった。

 楽しい夢でも見ているのか、(ひそ)かに口元が(ゆる)んでいた。
 静かに寝息を立てる海斗を見て、俺もなんだか安心した。
 いろんな不安や恐怖や、よくわからないモヤモヤとか。そんなものが払拭(ふっしょく)されるような気がした。
 
 不思議と満たされた気持ちになり、俺も、深呼吸してから目を閉じた。


♢♢♢
 

 お盆の時期が過ぎてすぐ、海斗は北海道へ旅立っていった。
 俺は、空港へ見送りに行かなかった。海斗と、そう約束していたからだ。

 俺も海斗も、さよならなんて絶対に言いたくなかった。

 これは、別れなんかじゃない。何キロ離れたとしても、俺たちはずっと(つな)がっているのだ。これからも、ずっと。
 
 来年の夏は、きっと俺が会いに行く。
 そしてまた、一緒に星を見に行こう。

 約束だぞ、海斗。

 

 

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