第2話 

文字数 1,392文字

 俺はこの四月から、中学生になった。
 中高一貫の私立中学校は電車通学で、バスと電車を乗りついで、一時間半かけないと辿(たど)り着けない場所にある。当然、起床時間は早くなってしまった。
 小学校六年間、徒歩十分で登校していた身には、なかなか辛いものがあるよなあと、感じる日々である。

「あー……だりい、もう朝かよ……」
 
 ブルーのカーテンの布地を突き抜け、フローリングに朝日が反射している。このところ、バカみたいに快晴が続いているけれど、今日もまた一日晴れそうだ。……ああ、かったりい。
 そんなことを毎回考えつつ、ついついぼけーっとしてしまい、起き上がるのはいつも時間ギリギリだ。
 
 頭の半分はまだ眠っているから、たまに洗顔を忘れるんだけど、まあ、そんなことは気にしにしていられない。誰にも怒られないし。
 
 バタバタと階段を()け降りて、ダイニングテーブルの横のソファに、(かばん)とネクタイと上着を放り投げる。
 ネクタイは汚れが目立ってきたようだが……そのままにしておこう。
 
 白いクロスがかけられたテーブルの上には、すでに和食の見本のような朝食が用意されていた。
 俺の家では、毎回品数の多いおかずが並ぶ。いつもの光景。
 朝からこんなに食えるかよと胸の中でツッコミつつ、けど、一応母さんに気を遣って、なるべく残さないよう心掛けていた。
 まあ、育ち盛りの俺のためというよりも、「やっぱり朝は米と味噌汁だよな」とのんびり言う父さんのためだろうけど。

 俺の両親は、やたらに仲が良い。
 
 今でも妙なあだなで呼び合っているし、外出時は腕を組んだりもする。
 俺が物心つく前からずっとそんな調子で、そりゃ幼い頃の俺は、仲の良い両親が誇らしかったんだろう。
 
 けれど、そんな気持ちをとうに忘れた今となっては、ひたすら恥ずかしいだけだ。
 中学校へ進学し、思春期を迎えた俺にとって、そんなのはどうでもいいことだ。
 はっきりいって親がいちゃついてるのなんか見たくもないし、キモイしウザい。心底やめて欲しいと思う。
 
 ――ちょっと、あーくん、時計見てる? 急いで食べないと遅刻するわよ!
 
 母さんは飽きもせず、毎日おんなじセリフを言うが、俺は常にスルーを決めこんでいる。
 
 ――まったく、歩夢(あゆむ)は毎日母さんに同じこと言われてるな~
 
 父さんは新聞を広げながら、俺と母さんのやり取りを見て、何が楽しいのかニコニコしている。このおしどり夫婦は、毎度楽しそうに互いに目配せまでしてくれるのだ。
 俺が「ウザい」と感じてしまうのは仕方がないことだと、わかって欲しい。
 
 平和な朝の団欒(だんらん)風景。仲が良くて優しい両親。彼らの愛情を一心に受けてすくすく育つ一人息子。
 客観的に見れば、自分は恵まれた温かい家庭の中にいるんだろうなと思うし、これを不満に感じたら贅沢(ぜいたく)なんだと、俺はちゃんと理解している。
 
 けれど、思春期真っただ中の俺は、ときどき感情や態度をコントロールできない。中学生になってからは特に、それらの感情に振り回されながら、毎日をやりすごしていた。
 
 ――そうだ。あの頃の俺はあまりにもガキで、気づけなかったんだ。

 その平凡な毎日が、どんなにかけがえのないものなのか、俺は知らずにいたんだ。

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