第14話 オオカミ男 × おもちゃ箱?

文字数 6,385文字

コンコン
「いるかい?」

「はい! あっ、市田さんどうしたんだカニ?」


中から男が出てくる。素顔は見えないが、オオカミのマスクを被っている本物の狼の様に鋭い牙も生やしている。上半身は毛皮にしては筋肉質な? これは着ぐるみなのか? そこまでは分からぬが、そんな皮膚をしており、鋭く長い爪を生やし、下は拳法着を着用している男。まあ中に人が入って入るとは思う。全てが変装用の衣装であろう。しかし……本来の着ぐるみなら顔をもう少し大きめで作成し、本体と着ぐるみの間に多少の空洞が存在するような作りになっている筈が、全くそんなスペースが無さそうでピッタリと本体に張り付いている感じがし、皮膚呼吸が出来にくそうな感じの衣装である。私だけかもしれぬがこういうのを見るだけでも息苦しく感じる。私は彼とは親友にはなれそうにないな。会話している内に呼吸困難を発症しそうである。おっと、私的な指摘は要らなかったな。元に戻そう。
ここは確か玩具の間の主人だとの事であるが、その情報を入れたままうっかり入ったら、その部屋と部屋主とのギャップに驚くお客さんも少なくないであろう。おまけに身長がかなり高い。フンガー並みにある。およそ2mはある大きい男だ。

「この屋敷を見学する子がいるんだ。悪い所を指摘して下さるそうだよ? アリリちゃんだよ!」

「まあ本質的にはアリサなんですけどね」
半ば諦めつつも、一応本名を報告するアリリ。

「そういう事かカニ? アリリちゃんよろしくカニ! ここは玩具の間カニ! どうぞどうぞ! 汚い所だけど見て行ってくれカニ!」
ぺこり

「よろしくお願いしますう♡」

「オオカニ君、忙しいところ悪いね」

「大丈夫カニ。気にしないで欲しいカニ」
外見のみの印象からかなり凶暴な性格に見えたその男。アリリに一礼する。話し方からしてそこまでではない様だが……そして、中々気遣いの出来る男だ。しかし、先程のリキュバスは【リキ】、ニイラ男は【ニイ】、が語尾だったが、今回の人物は【カニ】、の様だ。ウーム、何かが足りない気がするのだが……まあよい。ここの洋館の登場人物は、語尾に個性があるが、そのお陰で誰が喋っているのかが非常に分かり易い。
小説に於いて登場人物が多い場合、個性の強烈な人物でないと、それぞれの台詞の微妙な違いを語り分けるのは語りランク8段を有する私でもかなり難しい。
現実でアリリの口からこんな常識的な言葉が出る事はまずあり得ないが、例えば、

【「こんにちは」と、アリリは言った】

と言う様に、行動した人物と名を同時に出して語れば誰が喋ったかはすぐ分かる。
だがこれではあまりにも説明口調過ぎて多用は出来ない現実なのだ。これを登場人物全員にやってしまえば、くどすぎてダレてしまう。確かに文字数は稼げるが、こういう稼ぎ方は私は好まない。例を挙げて説明しよう。

オオカニ男はこう言った
「どうぞ見て行って下さい」
これは語尾無しバージョン。合計24文字 。次に、

「どうぞ見て行って下さいカニ」
これが語尾有りバージョンだ。合計15文字。文字数に関しては9文字も下がってしまい稼文字(かせもんじ)的にはマイナスでありスッゲエ悲しいが、誰が喋ったかを簡単に把握出来る上に説明的でないところも好印象ではないだろうか? しかも偶然ではあるが、今の所市田以外の館の住民は、勝手に独自の語尾を付けてくれるので、前者の様な手間が省かれ、語り部的にも非常に楽なのだ。
後は女の子口調で語尾無しのキャラクターは自然とアリリが喋っている事が分かるし、男口調で語尾無しであれば市田と断定される訳だ。おまけに彼は語尾ならぬ語頭にま? とか、な? とか彼独自の喋り方もあるのでそう簡単には間違わないだろう。そう、前者の様な説明部分が要らないのだ! これは語り部の総合能力を表す、

【語りランク】

での最高段と言われている、

【♡★◎9段◎★♡】

に至りようやくその辺の語り別けが出来る様になると噂されているので、未だに8段という中途半端な位置で燻っている程度の今正に修行中の素人語り部に取って、誰が喋っているのかを容易に識別出来るこの状況は非常にありがたい事である。まあいつまでもその偶然に頼り、鍛錬を怠っていてはいつまでたっても8段のままなのだ。私も早く9段に昇らなくてはならぬな……この屋敷は初心者語り部にとってかなり語りやすい場所だと言えるであろう。語り部を目指す場合、まずこの屋敷で起こる事柄を語れば、実力が身に付くものだと考えられる。おっと閑話休題閑話休題……
しかし、今まで誰一人欠ける事なく部屋に入る事を快諾してくれているな。積極的に第三者の意見を受け入れる準備は出来ている様だ。恐らく住人全員が、客が来ない事を真剣に考えているに違いない。

「オオカニって変な名前ね。でも名前通りの大きいカニじゃなくて、オオカミ男っぽい外見ね。まあいいか。お邪魔します♡」
部屋の中は白い床で敷き詰められている。その上に、沢山おもちゃが無造作に置かれている。これで玩具の間と言う事か。
積み木、動物のぬいぐるみ、人形、ロボットのプラモデル、三輪車、色とりどりのゴムボール、野球用のバットやグローブ、ゴルフのグリーン? 色々な物が置かれていて、幾つかの空のおもちゃ箱もある。


「ふーん、ここはリキの部屋と違って明るいけれど不気味ねえ……この玩具突然動き出してきそう……ブル」

「リキ! 暗い方が良いリキ!!」

「大丈夫だカニ」

「ふーん、疑わしいなあ……」

「ヒヒヒ」

「あ、あれ? え? うわああああああああああ」

「ブル」
突然のアリリの雄叫びに怯える市田。

「ア、アリリちゃん? ど、どうしたんだカニ?」

「これってお餅屋さん?」
餅屋さんのミニチュア飛び込んでくる。

「そうだカニ。おもちゃの中にお餅屋のプラモがあるんだカニ!」

「そうなんですよお、ヒ、ヒヒヒ……苦ヒィ……」
笑う市田。この男、笑いのハードルが相当低いようだな。この調子では箸が転がっただけでも笑いそうである。

「成程、ウィットに富んでるゥ……しかし入室直後におもちゃの駄洒落とは……と、いう事はあ……これかな? すぅー♪お餅屋の茶茶茶♪お餅屋の茶茶茶♪茶茶茶お餅屋の茶茶茶♪ 空にキラキラお餅様♪みんなむしゃむしゃ食べる頃♪お餅屋は店を飛び出して♪ 踊るお餅屋の茶茶茶♪」

「今ここでか……」

「おおーアリリちゃんは歌が上手なんだカニ!」

「そうリキ! 1兆人に一人の逸材リキ」

「まじカニ? じゃあ凄い人間って事カニ? 侮れないカニ……!」

「そうね」

「な、成程カニ。ちょっと普通の女の子とは違うと思ったけど凄いカニ!」

「でへへー分かる?♡?」 

「な? オオカニ君? さっきさ、マジかって言ったの? それともマジって言ったの? どっちなんだい?」
ぬ?

「え? それは……マジかって思って、それが言葉に出て……あっ、しまった!」
ぬ?  何がしまったなのだ?

「この態度? わかったよお! 今オオカニ君、語尾略してたんだね? 気を付けてくれよおお? 今の場合はマジカニではなくって、マジかカニ? だからね?」
得意げの市田。

「ウム、語尾略はいけない事ドフ。私も先程叱られて身に染みて分かったドフ」
だから何でなのだ? 別によかろうもん

「は、はい……気を付けるカニ」
ウーム……何故略すといかんのだ?

「いいかげんにしなよwwもう慣れたけどww他には……え? ええええ?」

「なんだカニ?」

「こっ、この人形……首……」
小太りな中年の男の人形が床に座っている。黒いスーツを着ているな。だが、その人形、肝心の顔が無い……

「ああ、うっかり落としてしまったんだカニ」
だが、そう言うオオカニの表情はうっかり者のそれではない! まるでこれは……何かを企んでいるような卑劣な人間の表情……それをオオカミマスク着用状態からも(かも)し出している……! な、なんだのだこの男は?

「そうなんだ……で顔の方は?」(怪しいなあ……言ってる事と表情が全く違うじゃない……)

「探したんだけど……どこかに吹っ飛んでしまった様で……どこを探しても見つからないんだカニ。かなりの玩具があるから紛れ込んで見つからなくなったのかも知れないカニ」

「え? で、でもこんな人形持ち上げる事ってある? あんまり可愛くないし、落としたって事は持ち上げたって事でしょ?」

「うーん……そんな事言われても昔の事だし……詳しくは覚えていないカニ」

「そんな時間がたっているのに何もしないってちょっとおかしくない? それに、隠れるようなところは見当たらないし、すぐ見つかる筈でしょ? 探せばいいじゃない?」

「どこかにはあると思うんだけど、面倒だから今は中断しているカニ。俺にとってそこまで重要な物でもないカニ。まあ暇な時に探すカニ」

「♪探し物は何ですか? 見つけにくい物ですか?♪ ポシェットの中も♪金庫の中も♪探したけれと見つからないカニw」

「今ここでか……」

「まただ……また、反応して歌えちゃった……許してにゃん♡」

「良くないですよ! にゃん♡ってなんですか?! 駄目ですよ! そんな語尾は語尾として認めないですよ! 今は猫なんかに変わらず人間としてしっかりとこの屋敷を見る仕事に専念して下さい」

「ちぇっ……いい気持ちで歌ってたのに……悔しいにょん♡」

「な? にょん♡でも駄目です!」

「市田さん! 俺は今の歌をずっと聞いていたいと思ったんだカニ。勝手に止めないで欲しいカニ!!!!」

「だよね? 別に悪い事してる訳でもないのに五月蠅いわよね?」

「そうだカニ。酷い事を言った市田さんは謝るべきだカニ」

「な? そうだね……うっかりしてた。でもこの一つ抜けた所が私の欠点でもあり、良いところでもあるんだ!」

「しっかりしなさいよ? こんな美妖艶妖精女神(びようえんようせいめがみ)幼女の私の煌びやかな歌声を迷惑がるなんて……それこそ一級謀反罪なんだからね? 犯罪なんか駄目よ?」(あれ? 何か足りなくない? まあいいか……)

「な? 美妖艶妖精女神幼女は一級謀反罪? なんだいそれ? ……でもね? この言葉をあまり知らない、この、一つ抜けた所が私の欠点でもあり魅力でもあるんだ」

「いちいちオウム返ししないでよ!」

「おうよ!」 
皆さんお気付きであろうか? 見ての通り今までの会話の流れ、誰が喋っていると言う説明が一切無しでも何となく分かる筈である。
女の子口調で語尾無しの喋り方は、アリリ。語尾無しの男口調は市田。カニが語尾に付いているのがオオカニ、と、一目瞭然なのである。
もし、アリリの喋りの特徴である語尾に♡を付ける表記が無かったとしても、誰が喋っているかを疑う人はいないと思う。ただこれが私の実力でないところがやや不服ではあるがな。ああ……語尾って……ものごっつ……ありがてぇ……

「……で、オオカニさん? 首の無い人形をいつまでここに残して置くのよ? もう捨てればいいじゃんこんなゴミ」

「いや? ずっとだカニ。ずっと……このままで、いい……」
ほう? 何故だ? しかし男はその理由までは言うつもりはなさそうだ。しかし……気になる……  

「そうなんだ……でもこの人形立派な衣装着てるわね……え? あ、あれれ? こ、このスーツ? まさか!」

「どうしたんだカニ?」

「ブル。な、何でもないカニ」
アリリは、何かに気付き動揺する。そして、市田が怖い時に発してしまう口癖と、オオカニ男の語尾を同時に真似をしてしまう。
まあこういう時はこの様にしっかり説明が必要であるが、稀なケースなのでダレる事はない筈だ。
それにしてもアリリ程に肝が据わった娘が動揺するとは一体その正体は何なのだろうか? よもや人形の着ているスーツに何かがあったのだろう。

「ほら……やっぱりだ……同じなんだよ」
キョロキョロ……

「同じ? 何がカニ?」

「な? 私を見ている? 何故でしょうか?」
アリリは、首の無い人形と市田を交互に見比べている様だ。そして、何かを悟る。
そう、人形の着ているスーツは、現在市田が着ているスーツと全く同じ物なのだ。ネクタイの模様と言い、ワイシャツの色もだ。その人形の首が無い? と言う事は……? 分からぬ。これが意味する事とは一体? 

「どうしたんだカニ? 変な汗が出てるカニ? どこかおかしい事があったのかカニ?」

「な、何でもなかったですわよ」
動揺でおかしな返答をするアリリ。

「ふうん? ならいいんだカニ」

「あ、あの……そろそろ他の場所も見てくれないと……」
市田も、ずっと同じ人形にこだわっているアリリにしびれを切らす。

「そ、そうよね……じゃあ他にはー……ん? オオカニさんこれは?」
サッ
床の隅っこに、プラスチックのケースの中に入った何か小さい団子の様な物が落ちている。それを拾いオオカニ男に聞こうと見せる。

「それは……う、ぐおおおおおおわあああああおお」
モクモクモク 
それを見たオオカニ男から謎の煙が立ち上る。

「これって団子? 何でこんな所に? え? 煙? 火事? 火事だー! 市田さーん! 消防署持って来てー」
消防署は流石に持ってこれぬ。消防車、もしくは消火器と言いたかったのだろう。
そして火事ではなくオオカニの頭から噴き出た煙だった。色は薄紫で、暫く吹き続け、全身を覆う様に広がる。

…………

その煙が晴れた時、再びオオカニ男を見ると、それは、上半身が巨大なゴキブリの姿をした怪物に姿を変えていた……一体何が……

「わあ」
何故かそれ程驚いていないアリリ。

「コンナボクデモアイシテ、コンナボクデモアイシテ」

「愛せないわよ。で、いつ戻るの?」
下半身は人間という事もあり、驚いていない様だ。全身ゴキブリであれば悲鳴も上げるであろうが……それとも? アリサは過去にゴキブリに襲い掛かられた記憶がある。それにより耐性が付いていたのかもしれない。理由はどうであれ大した娘である。2m以上のゴキブリを間近にしてもこの落ち着き様……とんでもない幼女である。しかし、このオオカニ男は変身する魔法が使えるようである。トラクエの変身する魔法の、モヤスの様なものであろうか? まてよ? 二イラ男の様に長々とホイミイラの前に放っていたあの詠唱と言う言葉が無いな。それどころか詠唱に続く呪文すらも唱えていないぞ? 彼自身が能動的に使ったとは言えず、アリリに何かを見せられた事が引き金となり変身している。変身の条件が特殊だな。

「モウスグデス」
ポウーン

「戻ったねお帰り♡」

「……それを遠くに投げて欲しいカニ」

「そうね」
ポ-イ


「でも、こんな僕でも愛してって何?」

「え? 俺そんな事を言っていたのかカニ?」

「言ってたよ?」

「知らなかったカニ」

「ふうん。あれ? おもちゃの油揚げかしら? ほれほれ」
ほう、玩具のキツネが咥えている油揚げを見せつける。一体どんな意図が? まさかアリリは一回見たあの変身で既にこの男の法則を理解し、意図的に見せているのか?

「う、ぐああああああああカニ」

「またかぁ。今度は何よ? ちょっと楽しみィ!!!!」
モクモクモク
再び変身しようと煙を立ち昇らせる男の様を見て、呆れ顔をするアリリ。
そして時間と共に煙は引いていく。

…………

キツネだ……煙が晴れたそこには上半身がキツネで下半身が人間の亜人が居た。
ウェアフォックスとでも言う妖怪だろうか?

「コノスガタハ、ワタシノフォルムノナカデハサイソクダコーン!」

「ちょっとお願いがあるんだけどさあ」

「ナンダ?」

「その特別感を出すためにカタカナのみで喋るの止めた方がいいよ? あんたはかっこいいと思っているからやっているんだろうけどさ、読みにくいったらありゃしないわ」

「ワカッタコーン。トコロデヨミニクイトハナンダコーン?」

「良く分からない。でもお願いw」

「わかった。仕方ないコーン……」
ポウーン 
時間が来たようだ。変身持続時間は大体1分~2分程度と言ったところか。
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