第28話 それぞれの過去

文字数 9,527文字

「そうだ質問があるピカ! アリリはどうしてここに来たんだチュウ?」

「ん? それはね、フンガーがボケ人間コンテスト終わりでお礼に家に来いって誘って来たの。でも帰るつもりだったのに、その途中でママに電話が掛かって来て。
多分仕事の。で、その電話を切ったら何か切羽詰まった表情に変わって一万円を渡していなくなっちゃったのよ。
それで訳が分からない状態でいたら、雨が降って来て。で、ここで雨宿りって感じでお邪魔した訳」

「へえ。一万持ってたんだピカ? さっき持っていないって言っていたでチュウ? 嘘ついてたんだピカ?」

「そりゃ出来るなら払いたくないもん」

「それもそうだチュウ。でも瞬時に損得勘定して嘘を突いたんでピカ? 恐るべき腹黒さでチュウ」

「聡明で倹約家と言いなさい」

「でもフフンケン君も喋る事が出来たピカ? 家に来いって言ったんだチュウ? 確かに時々言葉を喋れている感じはするけど……」

「違う違う。ママがフンガーの身振り手振りで予想しただけ」

「え? お母さんがピカ? そんな特技があるのかチュウ? どんな仕事しているんだピカ?」

「刑事よ。その職業柄推測出来たんでしょうね」

「ゲッ? け、刑事でチュウ?」
動揺するネズニ男。

「あら? お前? どうしたの? その周章狼狽ぶり……異常よ? 刑事って言葉を聞いた直後からよ? 何か後ろめたい事でもあるの?」

「そ、そんな訳ないピカ」
この狼狽振り、もしやこのネズニ、警察にお世話になるような過去があったのだろうか? だから斧で斬られた事も通告しようとしなかったのか? それをしてしまったら、それ以上の被害がネズニに訪れるから通報を躊躇ったと言う事なのか? まあ杞憂であればよいが……

「怪しいわね。そうだ! みんなどうしてここで働こうと思ったの? アリリに教えて?」

「ええ? どうしてチュウ? 腹を割って話す程アリリとは仲良くないピカ? 僕はちょっと言いたくないでチュウ」
隣にわざわざ座りに来たのに急によそよそしくなる。何か怪しいな……

「じゃあ他の人!」

「ワシも言いたくないーリ」

「何だ、誰もいないのか? 折角の皆での食事。話しながら楽しめば良いドフ? ではまず私から……私は過去にオペラ歌手をしていたドフ」
ドフキュラが語り出す。

「へえ、声域は?」

「テノールだったドフ」

「へえ、どうして辞めてここに来たの? お給料も高いお仕事でしょ?」
その辺は既に万物調査で確認した筈だが、一応聞いてみる様だ。

「ああ確かにドフ……だが、ソプラノ歌手で同僚の恋人が病気になり、田舎に帰って療養中なんだドフ。私も行くと言ったのだが、迷惑はかけられないと……それがきっかけか? 唄が歌えなくなったドフ」

「なんて事……」

「唄が私の中では全て。それがなくなれば何の役にも立たない……そう、最早私など使用済み核燃料ドフ」

「例えが怖いわよ!」

「すまないドフ……だからみんなに気付かれる前に団長にだけ挨拶し、団を抜けたドフ。それから色々仕事を探してみても唄以外取り柄が無い40代ドフ。見つからずに途方に暮れ虚しくなったドフ」

「ああ、そういえばそんな事書いてあったっけ。でも恋人と同じ職場とか最高じゃない。でも同時に仕事も恋人も消えちゃったらそうなっちゃうよね……」(そういえば調べた時、歌が上手く歌えなくなったってのも書いてあったけど、いい声なのに勿体ないなあ)

「ん? 書いてあった? どこにドフ?」

「天使の間でおでこ触った事あったでしょ?」 

「ああ、そんな事が確かにあったドフ……あの時に何かしたドフ?」

「うん。あの時、ドフキュラさんのステータスと特技と軽い過去の話を見るって言う特技を使ったの。そこで恋人と別れたって空中に書いてあったわ」

「成程ドフ。便利な特技ドフ」

「え? アリリちゃんそんな特技があるなんてすごいリキ!!」
リキュバスはドフキュラの部屋の一つ後に周った為、アリリの特技を見ていない。

「そうね。でも不完全みたいでドフキュラさんの一番下の特技に???って書いてあったの。それが特に知りたいなあ。心当たりある? もしよければ教えてくれない?」

「知らない方がいいドフ」

「ちぇっ」

「で、市田さんのお化け屋敷の仕事がある事を知り、ここに辿り着いたドフ。彼は何の取柄もない私を歓迎してくれたのだ。本当に嬉しかったドフ」

「意外と良い所があるのね。言葉使いとか謎の性癖があるおじいさんだけどねえ」

「クククククw確かにドフwまあそんな細かい事私は気にならないドフ」

「何であんな人になっちゃったんだろうね? 誰か知ってる?」

「分からないーリ」

「シラ……ナイフフ」

「私が教えて欲しい位ドフ」

「あら、みんなも知らないのね? でもフンガーも大分喋れるようになってきてる! いい感じ!! えーとじゃあついでにもう一人くらい誰か視ようかしら? なんか食べた後回復した気がするのよねMP。リキュバスさんにしようか? ネズニにしようか?」

「ひい」
ガタ トコトコ
ぬ? ネズニがアリリの隣の席から移動した。

「あらあ? 逃げた? お前、今、まさかとは思うけど私に対して悲鳴上げなかった?」 

「……」

「あまりの美しさに上げた悲鳴とは思えない感じだったよ? 真の恐怖を感じた時に発する悲鳴って感じがしたわ。語尾も無かったし……隣を指定して座りに来た筈なのにどうして? 急にアリリが嫌いになったの? それとも視るって言葉に対してぇ?」

「……」

「黙っちゃった? まさかお前、生意気にも黙秘権使ってるの? 人間にはある権利だけど、変態悪臭齧歯類ネズミ野郎にはそんな物無いんだけどねえ……まあいっか。あんた私が特技を使おうとした途端逃げたよね? もしかして私に過去を見られるのが怖いのかしら? 私に勝ったネズニさん?」

「い、いやそんな事はないでチュウ。気分転換でピカ」

「まあそういう事にしといてやろう」(臭いくてキモくて臭すぎるネズニが離れてくれて嬉しいし)

「ピカチュウ安心でピッピカピカチュウピカピカチュウ」

「うぇ? なにこいつ……今、自分の事ピカチュウって言った? 花の間でも同じ事言ってたよね? この畜生……烏滸がましいにも程がある……! お前如きがあのおっさんを名乗る資格はない!!」

「アリリちゃん落ち着くリキ」

「ああ……畜生程度に本気になってしまった。気を付ける……」

「れっきとした人類でピカ!」

「もういい、どうせ過去の話も思い出せない奴が勝手に口を開けるな。おまけに口臭も酷いんだしホッチキスで塞いでおく事! 他には過去の話してくれる人いないの?」

「なら俺の話をしていいカニ?」

「うん」

「俺は今までに30種類位のアルバイトをして来たカニ」

「へえ、多いね」

「だけど、昼食の時にみんなを驚かせてしまって……」

「ああ、動物に変身するんだっけ?」

「そうだカニ。ニンジンが入っていれば馬に変わるんだカニ」

「え? ちょっと待って? さっきニンジン見せた時は馬とウサギのキメラだったよ?」

「そうなのカニ? 元同僚は、変身が戻った後にあんた馬に変わったピョン! って教えてくれたカニ」

「ま? ピョン? 同僚はウサギだった?」

「これは嘘だカニ。市田さんの影響でどんなセリフの後にも何かしらの語尾を付ける癖が出ちゃったカニ」

「変な癖を習得しないの! すぐに捨てなさい! しかし何で語尾を付けさせるのかなあのハゲ」

「知らないカニ。怒られるから付けてるカニ。しかし癖を捨てろって……そんな難しい事を言わないで欲しいカニ……」

「でもその同僚さ、女の子で、もしかしたらオオカニが思いを寄せていた子なんじゃない?」

「う、嘘だろ?」

「あれww当たってたみたいwしかも余りの驚きで語尾忘れてるよwwww」

「うう……何故分かったんだあ?」

「簡単じゃん。ピョンって響きを語尾に付けたって事はウサギっぽいイメージがその人物にあったって事でしょ? だから男よりは女の子かなあってね」(この屋敷の従業員ってみんな語尾は付けてるけど、核心を突かれると動揺して付け忘れるみたいwwwww)

「それだけの事で? 嘘だろカニ?」

「今更遅いよwでも君の変身のパターン? が変わったって事よね? どうしてえ?」

「うーん……恐らくだけど、俺の知識が上がってしまって、ニンジンが好きな生物が馬だけでないと言う事を知ったから、さっきみたいな状態になったピョンヒヒン」

「おい! 今はカニでしょ? 語尾が違ってる!」

「うっかりしていたカニ」

「気を付けてよね? まあその抜けている所がオオカニ君の欠点でもあり、いいところでもあるんだ!」

「アリリちゃん。市田さんが伝染っているカニ」

「しまった!! でも、何度も聞いていると言いたくなっちゃうのよねー」

「分かるカニ」

「確かにこの体質じゃ仕事にならないよね。でもその能力結構ここに合っているっぽい? だってお客さんが来たら食べ物を見れば変身出来るんだもん。初見で驚かない人はいないわw」

「うん、それでその事を話したら市田さんに褒めてもらったカニ!」

「へえ」

「君みたいな半端者でも仕事を出来るんだよお! って励まされて嬉しかったカニ」

「いい話じゃん。言い方は失礼極まりないけどw分かったわ。じゃあ他には? ニイラさんとかは?」

「僕かニイ? うーん、妖精の間でほとんど話したと思うけど……」

「いいよ。全然大丈夫」

「そうかニイ? じゃあお言葉に甘えて……僕は元病院勤務だったニイ。だけど医療の現場での嫌な一面を見て、それを続ける事が出来なくなってしまったんだニイ。清濁併吞せよって耳にタコが出来るほど言われたけど、どうしても耐えられなかったニイ」

「清濁併吞かあ。ええと、いい事も悪い事も構わずに受け入れる。みたいな事よね?」

「そうだニイ。でも……医療の闇……清は少なく、濁が多過ぎたニイ。僕には受け入れ切れなかったニイ」

「優しすぎたのね」

「当然収入は減ったけど、今の生活が気に入っているニイ。誰かに恨まれる事がないと分かっているだけで心にゆとりが出来るニイ」

「恨まれるって? 医療業務なのニイ?」

「うん。僕の居た病院の先生の数人は、病気にランクを付けていて、低いランクの治療をしたがらないんだニイ。で、そういう考えでない先生に押し付けたりしている内に悪化して手に負えなくなって結果治療費が倍増するニイ。もしも早い段階で手を回してくれればこんなにかさむ事もなかったのにって言う事ニイ」

「そういう事かー。ニイラ君はそれに耐えられなかったって事ね?」

「そうニイ。辞める時に、

【君は向上心の無い半端者だ】

って言われたニイ。そして悔しくて勉強して癒しの呪文の存在を知ったんだニイ」

「西洋医学から回復魔法使いに転向したのね?」

「そういう事ニイ。薬は大抵石油から出来ているニイ。実質石油を飲んでいると言う事になる訳ニイ。で、ある病気を治せるとしても、その病気は治る代わりに必ず副作用があるニイ。必ずニイ。そしてその治せると言う効果自体も錯覚で、一時的に痛みを和らげ麻痺させているだけで、不快な症状を誤魔化してくれているだけニイ。その間に人間本来の持つ自然治癒力で治しているだけニイ。出来れば飲まないで自然治癒力で直す方がいいニイ。薬の主成分の石油が体の中に入ってしまう訳で、いい気分ではない筈ニイ」

「詳しいねえ。流石本職! でも痛みとか症状を抑えてくれるんでしょ?」

「でもその症状には効いたとしてもそれを飲む事で副作用で他の病気になる危険性もあるし、現在患っている持病があればその治りが遅くなるニイ」

「マジかあ」

「怪我の場合は痛いのを抑える為に飲んだ方が良いと思うけれども、それよりも自然治癒よりも時間が掛からず、副作用の無い回復呪文がここにあると言う噂を聞き、再就職を果たしたんだニイ」

「この屋敷に?」

「そうだニイ。市田さんは唱えるのもイヤだって僕に押し付ける感じで教えてくれたニイ」

「この屋敷のメデューリさんの部屋に呪文の本沢山あったもんね。その中にあったのね?」

「そうだニイ」

「便利な呪文なのにね。確か2か所も変えられるのに、変えられないから嫌いとか言ってたっけ? 変な人よね」

「確かにニイ。この屋敷、お客さんの中から結構怪我人が出てしまうんだニイ。アリリちゃんも怪我したニイ? 他にもリキュバスさんの部屋で驚いて逃げた時に転んだりで怪我するニイ。今回は花の間で怪我したんだニイ? 初めての事で驚いたけど……だから面接でも元医療関係者と言う事で君ならこのホイミイラも大丈夫だろうって喜んでいたニイ」

「へえ、まあ私の出した200……クッ……144の指摘の中でも危険な鳥は焼き鳥にしろって言ってあるし、もう解決するよね? 大体分かったわ。他には居るう?」

「リキ!!!!!!」

「リキュバスさん? 手を挙げてる? もしかして過去の話をしてくれる?」

「そうリキ!」

「お願い! みんなの事を知りたい!」

「私は喫茶店でアルバイトをしていたリキ」

「へえ、美人さんだしその喫茶店では看板娘じゃない?」

「……」

「え? 何で黙るの?」

「それどころじゃ無かったリキ」

「どういう事?」

「朝なのに暗くする呪文を使ったり、誘惑の呪文で悪戯してしまって、毎日店内をパニックに陥れていたリキ!」
お転婆である。

「それでクビに?」

「うんリキ!!」

「子供みたいな事してるからよ。その悪戯癖、ここでも治ってなかったよ?」

「でもこっちならまだ笑って許してもらえるリキ!!! こんな風に! 『今ここには姿なき闇の聖霊よ……深い闇と静寂を作りし者よ……朝日に照らされた平原に、炎天下の灼熱の砂漠をも、夕日に照らされた湖畔さえもその全てを覆いつくせし黒き靄にて……辺りを、覆い、尽くせ! ……漆黒魔法……カーミラ!』
さあああああ
再び部屋内に暗闇が訪れる……しかし暗闇にする呪文。効果の割にと言ったら失礼かもしれぬが詠唱時間が回復呪文に比べ長い気がするな。

「おいリキュバスさん! 急にその術を唱えないで欲しいドフ。まだ食事中ドフ」

「こ、これじゃ食事が出来ないニイ」

「フンガーフフ? ク……ライフフ……」

「ウ、ウルルルーン」

「こ、これ! ウルルン! その程度の暗さで泣くでない! 貴様も勇敢な水竜族の戦士だーリ?」

「へへへリキ!」

「暗いカニ。そうだ! 今なら目を塞がなくても食べられるかもしれないカニ!」
ガツガツ

「うーん、両手で食える幸せカニ! やっぱり両手で食う飯はうまいカニィ!!」
手掴み? ではないよな?

「ピカチュウ暗中模索でチュウ」

「わ、わーサラマソダーより暗ーいw恐いヨヨヨーw」

「アリサ! 止めんか!!!!!!」

「ひい!w ご、ごめん ほら、リキュバスさんのせいで怒られたよ! そろそろ明るくしてよおお」

「でも僕は暗いと安らぐニイ……」

「ごめんリキ……私、明るくする魔法出来ないリキ!!!!! 市田さんが出来るリキ!!」

「出来ない割には元気いっぱいだね! その元気と明るさで、この部屋も明るくなればいいのになあ!!!」
気持ちだけでは何も変わらないのだ。

「暫く待てば明るくなる筈リキ! ……ほら、明るくなってきたリキ!!!」
パアアアアア

「あ、食べ物見ちゃった……う、ぐおおおおおおお」
モクモクモク ポウーン

「あっ! オオカミに変身してる! これ、もしかしてステーキを見たのかもしれないわ!!」

「ガルウウ」
ドドドドド
オオカミに変身したオオカニ男は室内を暴れまわる。

「きゃああリキ!」

「ぬう……これは危険ドフ」

「ちょっと! 前は意識もあって喋る事も出来たでしょ? あっ下半身までオオカミになっちゃってるよ?」

「ははあ、これは完全にオオカミになっている……よし、待っているチュウ。僕に任せるピカ。ピッピカチュウ」
なでなで
ネズニがオオカミに変身してしまったオオカニ男をなで始める。だが最後の呪文は必要なのか? あんな誤解を招くワードは慎んでいただきたい。

「ガルウウウウ♡」
おお! おかしな呪文の効果か? ネズニが頭を撫でるとオオカミになったオオカ二が大人しくなってしまったぞ!

「あんた花の間の主人だけあって動物をなだめるの得意なんだね」

「もちろんでチュウ。動物に関しては任せてピカ」

「でも怖かったあ」

「何とか収まってよかったリキ! じ、じゃあ食事の続きをするリキ!」

「こら! 今のどさくさに乗じて有耶無耶にしようとしない! しっかり謝りなさい!」

「うん! アリリちゃん! 暗くして申し訳ないリキ!!!!!!」

「よし! 2度としないでね? でも確かにこの呪文はこの屋敷では役立つかもね。でも、誘惑の術はあまり使わないようにしなさいよ?」

「うんリキ! そう言えば面接の時この特技の事を聞いてもあまり驚かなかったリキ。まるで市田さんも知っているみたいだったリキ。驚いてくれると思ったのに悔しかったリキ。それよりも異様に私の前職での失敗談を聞いて来たんだリキ!」

「あっそうなの? 僕もニイ」

「あれ? 俺もだカニ。君は他にも何か失敗した事はあるのかい? って粘着質な聞き方だったカニ」

「私も同じ事を聞かれたドフ」

「へえ、何でだろう……まあこれから一緒に働くメンバーの失敗談からどういう事をミスしやすいかを判別していた? ちょっと弱いかしら? うーん……」

「そうかもしれないーリ」

「僕も言われたピカ。何か一つ位ないの? 一つ位あるでしょ? しっかり思い出してよお! ってかなりしつこく聞いてきたでチュウ」

「え? ネズミも? で、なんて返したの?」

「それは昔暴走ぞ……って僕は言いたくないって言った筈でピカ! 誘導尋問はしないで欲しいでチュウ!!」

「え? こんな貧弱なネズミが元暴走族なのお?」

「ちちち、違うピカ」

「いやいやw 暴走ぞ、まで聞いて、暴走族の他に別の言葉なんか思い浮かばないわよ!」

「いや、その……暴走ぞ、ぞ、ぞ」

「諦めなさい」

「暴走雑巾がけ男だったんだチュウ」
お? 長い小説史の中でも恐らく初めて出るワードだぞ? どういう意味なのだろうか?

「ほう、苦し紛れにそんな現実には存在しない仕事を作り出したか……よくひねり出した。と、言いたいところだが、それがもし本当ならそれを一生やっていればよかっただろう? 雑巾掛けに賭けた青春。雑巾と共に墓場までってね。ふむ、雑巾と共に地べたを這いずり回るネズミか。お似合いじゃない? 何でここに来たんだ! 適材適所だったろう? 一生暴走雑巾掛けしてろ! その雑巾掛けの職場に帰れ!」

「嫌でピカ! お化け屋敷のスタッフとして第二の人生を歩むでチュウ」

「本当に口の減らないネズミだなあ……もしかしてだけどあんた、【羅斗の如く】のメンバーなの?」

「なぜそれをピカ?」
羅斗(ラット)の如くとは、暴走族のチーム名であり、脱兎の如くの逃げ足の速さで有名な暴走族だ。アリリですら知っている程の超有名なチームなのだ。

「女の勘よ。でもあのチームのリーダーSINJIさんて、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだって連呼しながら逃げるのよねwかっこいいよねー」

「そうなんだチュウ。逃げるは恥だが捕まらないから役に立つでピカ」

「うんうん、あの綺麗なまでの完璧なる言行不一致ぶり、その開きなおった姿勢に逆にときめく女子もいたのよねーwで、メンバーも誰一人否定出来ない……そんなヘタレぶりにこっちに来たって事なのね?」

「そうでチュウ。あいつは……あのバカSINJIは信じられない位馬鹿だったピカ。あんな暴走族は僕の信念とは合わなかったでチュウ」

「まあ早かれ遅かれ暴走族からは出ていく事になりそうよねえ。若い時しか出来ないでしょあんなの。40歳の暴走族なんて見た事無いし……」

「まあそういう事でピカ。でもあの馬鹿SINJIのことだから今でも夜露死苦やっていそうでチュウ。でもあれから大分経ったピカ。僕も最古参として風格が出てきたと考えているでチュウ」

「え? あんたが最古参なの? 意外ねえ。最下層だとばかり思ってたわ。でもママが刑事って聞いて驚いたり、私の特技を聞いて離れたりしていた理由が分かってすっきりしたわ」
私もである。

「でもそのお陰で面接もそこまで特技については詳しく聞かれなかったでピカ」

「そうか、一匹目で面接のマニュアルとか作っていない段階での合格って事か。なら今なら一瞬で不合格じゃない?」

「それは分からないでチュウ。しかし僕の数え方は匹ではないでピカ? 人だチュウ」

「そうなの? 烏滸がましくない? 初めて知ったわ? でもあんたって呪文とか使えたっけ? 他のみんなは全員呪文みたいなの使えるよ? メデュさんは分からないけど」

「あ、ワシも少々使えるーリ。オオカニ君を止めたであろうーリ?」

「あっそうだよね……うっかリキ」

「ニカ」
嬉しそうなリキュバス。自分のモノマネをしてもらい喜んでいるようだな。

「僕は使えないピカ。でも僕は動物を従えるスキルがあるでチュウ。全く何も出来ない訳じゃないピカ?」 

「魔法じゃないんじゃない?」

「でも、今はドフキュラさんは得意の唄も使えないし、フフンケン君も使えないでチュウ」

「そうだった。まあその辺にはこだわっていないって事かしらね。でも何かしら呪文が使えるメンバーの方が役に立つと思うのに」

「花の間の動物と心を通わせるだけのスキル所持者は僕以外誰も居ないピカ」

「確かにさっきのでその力がある事は分かったけど……だったらあのクソ鳥の調教もしっかりとしとけ! こちとら眼球を大怪我したんだぞ!!」

「あの子はとても頭の良い鳥だった筈でチュウ。きっとアリリが先に何かをしたとしか思えないピカ。例えば……」

「していないよ!」
確かにしていない。これは私もしっかり見ていた。彼女は笑顔で語りかけていただけであった筈。

「でも確かアリリはおいで♡ってムクちゃんを【ちょうはつ】していたでチュウ。それを受けて、補助技を一切使えなくなった為に攻撃技を出したんだと思うピカ。
僕の記憶が正しければ、ムクちゃんはかぎ爪攻撃以外にも補助技で、【なきごえろ】とか【かげぶんしーん】等も覚えていた筈でチュウ。もしもトレーナーの指示が無い場合、その中から4分の1でランダムで技は選定される筈だピカ。故に、攻撃技だけをずっと選択する事は珍しいでチュウ」

「え? ま、まさかそんな……」(確かそんな事したかも…いや、記憶にございません!!)

「僕は確かに他人を攻撃するような教えはしていないでピカ」

「でも、市田さんが止めた時もイヤピピピピピィって反論してたよ?」

「それはちょうはつが2~4ターン継続する効果があるのでチュウ」

「それでか……確かに私を見て、向かって来た時は優しい目をしていた。でもおいでって言った直後に目つきが変わった気がしたわ……で、攻撃を4ターン続けたと言う事か……市田さんが止めている時は、2ターン目か3ターン目で、止めたくても止められなかったと言う事ね……じゃあ、全部私のせいだったって事だったのか……」

「そうピカ。アリリちゃんのおいで♡は、ムクちゃんにとってはかかってこい、てめえみたいな雑魚粉々にして焼き鳥にしてやる! って感じ取ったと思うんだチュウ」

「盲点だったわ……分かったよ。私の負けだ……今度からおいで♡等とは口が裂けても言わないわ」

「これで2勝0敗でピカw」

「くそおお、腹は満たされたのに心が全く満たされぬ……ボケ人間コンテスト優勝者の私がこんな奴に……」

「レベルの違いでチュウ。僕の話術はネズミ界でもトップクラスピカ!」

「もういい。そんな喋りが上手い奴とは喋らん」

「悲しいでチュウ。最強は常に孤高と言う事なんだピカ……」
何とも腹立たしい男である。

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