第36話 こっそり解読ぅ♡

文字数 6,828文字

盗んだ。いや、ちょっと黙ってお借りしたネクロノミコンを市田の部屋で読むアリサ。

「よし、じゃあそろそろこれを読もう。これがメインだ! 私は死の呪文で市田さんが殺されたと思っている。だからゆっくり誰にも邪魔されず解読したいから黙ってちょっと借りたんだ。でも、持って来る時緊張したなあ。人生初の盗みだったからね。ドキドキが止まらないよ……」
おいおい金の斧を躊躇いもなく奪ったであろう? 泉の精霊様から盗んだ金の斧! それに一話でもブラックダイアをちゃっかり盗んでいるんだよ? 自分に都合の悪い事をケロッと忘れるアリサ。

「でも気付かれない様に早く済ませなくちゃね……まずは全文を読んでみようっと。撮影しながらね。ええと? 

【死神の蝦蟇振るいかぶる時に空間凍り付き、全ての生命失われるだろう。冥界の王よ。汝、十字架に封ぜられた力今ここで解放した。この力標としこの地に彼の神遣わせよ。我はここに……我はここに……この罪深き命、贄と捧げる! 我は望む。逆さ十字架の導きの下に、()の魂、未来永劫、冥府の淵底(えんてい)に繋ぎ留めよ!! 出でよ、死を、司りし神!!! アルヴァデカ・ダーヴァ】

……か。こ、これが死の呪文の全文……?  ……か……かっこいい!! 長いけどそれが良い! 自分で読んだのにそれだけでなんか清々しい気持ちになれたああ♡でさ、我はここにって部分! ここを2回言う所もなんかかっこいいわあ♡大事なので2回言いましたって感じがするし、いたづらに私の厨二病心が擽られするうううううwああ、こんな長くてかっこいい呪文を早乙女さんみたいに即死耐性の無さそうでありそこそこの強敵相手に嚙まずに大声で叫んでみたい!」
ああ、私もその気持ち分かる。だがそれって早乙女さんを殺害するって事でしょ? そんなことしちゃぜったいにだめだよ。因みに早乙女とは前回に登場した中ボスで、握力が195もある女性である。詳しくは2話をご覧いただきたい。

「でもこの呪文長いしなかなか覚えにくいような難しい表現を沢山使っているよねえ。これを覚えるのも一苦労だわ」
まあ普通に考えてこれだけ長ければ詠唱中に妨害攻撃をされるだろうな……

「ん? まだ続きがあるわ! 尚、この呪文を使用する際には逆さ十字架を手に持った状態で唱えないと効果は発動しない……か。これはさっきも読んだわね。これが触媒を使用するって事よね? 確か十字架には精神耐性があるみたいだけど……って事は、詠唱している最中に混乱の魔法とかを術者に唱えても妨害出来ないと言う事ね? 妨害するには物理攻撃とか、防御呪文で身を守るか遠くに逃げるとかするしかないって事か……でも、詠唱しながら敵に十字架を向けるのよね? 結構大変じゃない……でも……犯人は多分この呪文で市田さんを殺したんじゃないかって思う。乙女の直感よ! 確かに唱えるのは大変だけど、この呪文で殺害出来れば外傷もないし、毒も検出されない。満腹で死んだという検視結果も納得だわ。それ以外どうやっても原因が出てこないもの。だから、誰に何と言われようが死の呪文で殺したという事で考える!! でも……あの市田さんに死の呪文で? そんな事出来るの? 確か怒虎とかいうでっけえ猫の化け物の傍にいる内に膨大な魔力が身に付いた。って話してたしなあ。犯人が呪文を詠唱しようものならちょっとした魔力の反応位気付く筈だけど……でも、現場を見た限り食べ物を食べながら呪文を受けた様に思えるのよ。鑑識の書類にも満腹で死んだかも? って書いてあったし……それに沢山食べ物が散らばってた。食べながらだとそういう微妙な魔力の流れを一切感知出来ないって事にして進めよう」
とことこ クルッ とことこ

「ええと……犯人は多分11時位にここに来て、コーヒーとそれに合う食べ物を一緒に食べよう! と持ち掛けたんだと思う。でも今回市田さんはお腹一杯だったと思うのよ。一緒に夕食食べたから間違いないわ……その状態でこれだけ食べたんでしょ? どうやってそんな事? うーん……じゃあ犯人は珍しいお菓子だからとか嘘を突いて無理やり食べさせようとしたのかしら? 珍しくて期間限定とか嘘を突けばここで食べないのは勿体無いって思うと思う。でも結局その時ってどんなに美味しい食べ物を受け取っても、こぼしたら勿体ないって気持ちにはならないと思うわ。だから平然と床にこぼれてるのよ! それとも一足りない精神から必ず完食しない様に意図的にこぼしている? うーん……こればっかりは本人に直接聞かないと分からないもんね。で、その食べ物を順番に辿ってみたら何か浮かんで来るんじゃないかなって思っているわ。あれだけ長い呪文を堂々と唱える事は絶対に出来ないからね。
犯人は始めから呪文で殺す為にこの部屋に入ったんじゃないかしら? だからここに散らばっている物はただ市田さんに喜んで食べて貰う為に用意された物ではないんだ。死の呪文の響きの材料となる物なのかも? そうだと考えて調べ直そう! で、まずは、この死の呪文の詠唱部分の単語と、落ちて点々と並んでいる食べ物との名前を比較してみようっと。
もしかしたらそこから何か手掛かりが出てくるかも……何も出ないかもしれないけどそれ位しかやる事ないし……じゃあ考えて見ようっと……」
そう言いつつ事件現場を撮影した携帯電話を見る。

うーん。例えば時計回りだとコーヒーから菓子、牛肉、蟹、レタゼラ、赤い汁、レーズンと言う順番で並んでいるわ。
だから、まず市田さんはコーヒーを飲んだんだと思う。正確に言えば飲まされたのよね? 逆回転だったらレーズンからだけど、多分コーヒーから飲んだんだと思う。だって、レーズンってデザートよね? それは最後に出すじゃない? まず飲み物を、そしてそれに合う菓子を続いて出す筈よ! 席からも近いし間違いないわ。でもこの場合のメインの食材って何かしら? この中ではもしかしてこの菓子の破片? で、それに色々とトッピングする物を順番に渡したのかしら? 位置的にもそう考えるのが妥当よね。だからまずは時計回りで考えてみよう! ええと……コーヒーの次にお菓子を貰って、その上に牛肉やカニを乗せた? そんな感じよね? ちょっとこの流れでシミュレートしてみようっと……まずは、一番初めの詠唱部分の

【死神の蝦蟇】

を引き出す目的で犯人がコーヒーを市田さんに渡した場合、死神が入った言葉を含んだ内容の話になるよね? で、死神が含んだ上でコーヒー関連の話題。と、言う事よね? だとしたらその話題に出てくる物と言えば……香りとか味よね? 豆によって違う香りとか、甘さの中に感じるほのかな苦みが魅力的よね。
だから犯人からコーヒーを受け取り飲んだ時……こういう話を始めるかもしれない。

「うん、いい甘さだよお。やはりコーヒーは砂糖だねえ」

かな? いや、なんか違う……甘さはないわよ……まてよ? そうだ! 確か市田さんは私が200ツッコミの途中で口を挟んで来て、喋りすぎているし少し休憩しようって話になったよね? 確か135個目のつっこみをする際だ。その時私、強がっていたけど実は疲弊していた。そんな私を気遣いにコーヒーを飲ませようとフンガーに命令していた。
その時、フンガーが持ってきたコーヒーを一旦市田さんが預かって、香りを確認し、その結果がオッケーだったから私に届けられた。これってつまり……そう、私に出すに相応しい【香り】のコーヒーだと判断したって事よね? と言う事は、どちらかと言えば甘さよりは香りに拘りを持っていた筈ね。まあ人に飲ませるコーヒーに口まで付けて確認する事は出来ないとは思うけど、それでも香りに拘りが有った筈だわ。私に渡す前に、この香りなら大丈夫だって感じのニュアンスで話していたもん。じゃあまずは犯人にコーヒーを渡された後いきなり飲んだんじゃなくて、その前に香りを確認して、それに関する話から始めたんじゃないかしら? だから……

「やはりコーヒーは香りだよねえ」

と聞いたのかも? 市田さんが犯人にそう聞いたと仮定すれば、香りが好きだという事を知っている犯人は、自分は香りではない。と言えば、市田さんが驚いたときに使用する

「ま?」

って言葉を多分返すよねえ……香りにかなり拘りを持ってるんだから……自分と同じ価値観がないと分かれば、ま? と聞くと思うわ。だから

【ま?】

と返すのはほぼ間違いない筈。
死神の蝦蟇、しにがみのがま……うん、しにがみのがまの中にはしっかりと【ま】が入っているね……という事はその前の5文字を犯人が言ったって事になるのかしら? じゃあ死神が入っていて、コーヒーに関係がある言葉って何だろう? ……しにがみしにがみ……し、にがみ……あ、にがみだ。苦みが死神の中に入ってる! 3文字も共通部分がある! だから流れ的には……「苦みの方が」……「ま?」……ちょっと余計な文字があるね。しにがみのがましにがみのがま……」
とことことことこ

「じゃあ、「私は、苦みの方が」……「ま?」これも余計な文字があるし違う。
じゃあ、「私、苦みの方が」……「ま?」……うん、これでなんとなく死の呪文の冒頭部分の詠唱に似てない? で、じゃあもっと近づけるには……「私、苦みのが」……「ま?」だとどう? 

【わたしにがみのが】

……うん、続いているわ。だけど私の【わた】の部分だけは詠唱に必要ない部分だけど、そこから【しにがみのが】の6文字を連続で言えている。
例え私の【わた】が混ざっていたとしても、その呪文で適応されない文字は無視されて、【し】から詠唱部分として受け入れられる筈なのよ。実際に市田さんは死んでいるって事は呪文が発動した何よりの証拠。そういう騙しのテクニックも使っている筈だわ! そうすれば市田さんにはバレずに犯人が苦みの方が好きだと言う事を伝えつつ、死の呪文の冒頭部分の詠唱を同時進行で出来ている! 市田さんもまさかこの流れから死の呪文を唱え始めたなんて疑う筈ないわね。
そして、そこに市田さんのリアクションの「ま?」を合わせれば、

【死神の蝦蟇】

を二人で唱えた事になっていないかしら? これ、市田さんとリキュバスちゃんも妖服の間を暗くする時にやっていた詠唱方法よね? 代わりばんこに唱えてたやつ!! 確か協術って言っていた気がするけど詳しくは覚えていないわ。それをこの長い詠唱全部を気付かれないようにしてやったって事なの? もしそうだとしたら犯人はとんでもなく頭の良い奴よ? 言葉のスペシャリスト……という事はまさか犯人はネズニ男? でもあいつずっと食堂にいたし……みんながいない間に? でもトイレに行く時残ってたのはあいつだけだし……でも確実にその部屋に一人だけになるなんて意図して出来ないよね……そうする為には全員の便意を統一しないといけないし……偶然だよね? ……うーん……誰だろう?」
トコトコ トコトコ 
時計回りに歩きながら考えをまとめる。

「よし、少し歩いてリフレッシュしたわ。じゃあ続きやろうか! 犯人の事は今はいいや。取り合えず詠唱と食べ物の関係を見ていこう。今しか出来ないんだし……ええと、私、苦みのが。ま? までがもし正解だとすれば、次の詠唱は

【振るいかぶる時に空間凍り付き】

でしょ? 例えば古い株! と言って何十年物の株の漬物を渡した? いいや! そんな物床に落ちていなかったし、あの菓子には合いそうにないから違う! じゃあブルから先に考えて見よう……ブルは市田さんの十八番だし、犯人もその癖は絶対に使ったと思う。そう考えると……ブルの前にくる言葉は……

「古いか?」 

しかないわよね。じゃああの時、苦みの方が好きって言った犯人に対し、ま? って市田さんが言ったのよね? その後、それに対し犯人は

【古いか?】

って聞いたって事お? え? なんで?」
くるくるくるくる

「分からねえ……確かに苦いのが好きと言われてマジか……って顔をされればそう返しても不自然じゃないかも? いや不自然だよなあ……苦みが好きって言う人それぞれの好みを、新しいや古いで分けないもんね……でも、そう言うしかないから……だから……このセリフを言わざるを得なかったと判断するわ。……でも……それを普通に言うだけじゃ足りない。怪しまれるし……そうよね? だって震えたんだよ? 市田さんが……だから多分犯人は思いっきり睨みながら強めの発音で言ったんじゃないかな? そうすれば市田さんなら

「ブル」

って怯える筈! でも恐怖が中途半端だとブルーレイやブルートゥースイヤホン、明治ブルガリアヨーグルト、とかブルの後に何か追加して誤魔化す誰も得しない技法、

振動有耶無耶法(しんどううやむやほう)

を使用する筈。だから犯人は古いか? って言いながら物凄い怖い表情で睨まないといけないと思うわ。それにそれだけすごめば多少おかしい事を言ったとしても恐怖で判断能力も薄れ、ゴリ押し出来るかもしれないし。……で、古いか? ブル……か……いやいや……強引過ぎない? 確かに辻褄を合わせるにはこれしかないけれど……どう考えても、こんなつっこみ普通の会話で使うかしら? まあいいか……一応言葉は繋がった訳だし……で、次は時に空間凍り付きでしょ? だから……

「時に、食うか?」 

って言って、床に落ちていたあの菓子を渡す。……で、次は氷付きだからあ……菓子に氷を乗せた状態で渡すのよ! それを見たら

「ん? 氷付き?」

って言うかもしれない。っていうか言って貰うにはそれしかないよね? 確か私がこの屋敷に入ってすぐに、

「ん? お客付き?」 

って私を見た市田さんがフンガーに聞いてたもんね。それを応用させればお菓子と一緒に氷を出されればそういう反応になるかもしれないわ……じゃああの床に不自然に少量こぼれていた水は……この為に用意された恐らくお菓子に乗せていたであろう氷が落ちて溶けた物だったのかもしれないわ! や……ヤバい、犯人ヤバすぎる……こんなところまで計算していたって言うの? ブル……でも、そう言えばちゃんと繋がるんだよ。
犯人は市田さんの言葉の癖を完全に把握しているわ。だからあらかじめ食べさせる食材を持ち込んでこの部屋に乗り込んだんだ! でも突然こんな振る舞いを受けたら疑われないかしら? うーん、でもある程度犯人はおかしいと疑われる事を覚悟の上でやったんだと思う! だから、古いか? ブル 時に食うか? ん? 氷付き? って繋がるのよ! ここまでは間違いないわ! この時点でこの流れを経ても恐らく市田さんでも死の呪文を共に唱えている事は全く気付けないよね? 次は、全ての生命……だから……氷を全て乗せろ! つまり、自分のお菓子に氷を乗せたように、

「全て乗せい!」

って言って、市田さんにも自分のやったことをする様に促して、その後何も言わせず自分が食べて見せる。市田さんはその動きに合わせて食べる筈。そうすれば、氷の冷たさとその焼き菓子が奇跡的にマッチすれば……おいしい時に発する

「めい!」

って言葉を使う筈! だって私が風呂上がりに食堂に入った直後、丁度市田さん紅茶を飲んでいて、その時しっかりと

【めい!】

って言っていたもん! それはおいしい物を食べたり飲んだりした時に言う言葉だ! そしてそれを聞いた後すぐに

「牛!!」

って言ってあの牛肉を犯人が取り出せば、

「な?」

って言って驚く筈。氷の次に突然牛なのか? って驚く筈よ……でもその時市田さんはこうも思うのよ。菓子の全体的に氷が乗っているって事に。でも次の食材が出て来て一体どうすればいいんだ? って迷っている時に犯人が

「割れるだろう?」

って言いながら、全体的に乗っていた氷をどちらか片側に寄せさせて、牛肉を乗せるスペースを確保してから半分に割らせたんだ! この動作を実演し、次に何も乗っていない半分になった菓子に牛肉を乗せさせる。そしてもう片方には氷が乗っている菓子に分かれる。それを市田さんが食べたら、飲み込んだのを見計らって

「冥界の?」 

って聞く、例え冥界のと言っていたとしても、状況的にうめえかいの? と言ったと錯覚させる事が可能だわ! そしてその返事は当然

「おうよ!」

だもんねwうわあ見事に繋がっていくうwおうよって言葉も結構使ってたわよねwだから同じ要領で……うん、出来る! 全て辻褄が合う!!!! ここまでで、

【死神の蝦蟇振るいかぶる時に空間凍り付き、全ての生命失われるだろう。冥界の王よ!】 

までを犯人と市田さんの二人で唱えている事になるわ! ここまで来たらもう否定しようがない。もう……間違い……ない。
犯人はこんなトリックで市田さんを……よし、次! この調子で最後まで行けるかしら……あっ! でもそろそろ戻らないと……これ(ネクロノミコン)無くなっているのに気付かれちゃうかも……犯人まで特定したかったけど一旦中断! よし! そろそろ戻ろう!
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