第42話 動機 前編

文字数 6,078文字

「ああ、ワシが犯人だ。よくぞここまで推理した。実の所平然を装っていたが、君が紡ぎ出す推理一言一言に驚いていたのだよ? 君は本当に想像だけであれほど正確に……まさか殺人現場を後ろで見ていたのか? と錯覚する程に完璧だった筈。ワシもその当時気分が高揚していたせいで少々記憶が曖昧だ。申し訳ない。少々長くなるが、この殺人を行うに至った理由。すなわち動機を話させてくれないか?」
何? 言い訳しないと言う事か?

「意外とあっさりしているね。いいよ、聞いてあげる」

「ありがとう感謝する。元はと言えばこの屋敷、市田の所有物とされているが、それは違う」

「どういう事?」

「この屋敷。ワシの父の家だった」

「そんなバカニ!」

「え……」

「信じられないリキ!!」

「この屋敷の名前。アリサは覚えておるか?」

「五鳴館だったっけ?」

「そうだ。これは父が名付けた。本来鹿鳴館と名付けたかったらしい。だが、本家本元には及ばない。と判断し、五鳴館としたのだ。同じ名前にするのは気が引けたのだろうな」

「でも鹿鳴館の鹿って数字じゃないよね? 確か鹿? だったような」

「その通り。アリサ。君は本当に記憶力の良い娘だ……ワシの父はドイツ人。勿論ワシもだ」

「そうだったんだね……通りで背が高いなとは思った。あれ? お母さんは?」

「もうこの世にはいない」

「あっ……」

「気にするな。で、ドイツ人故に日本語にそれ程詳しくない。まあワシは心疾患を偽っていながら日本語の勉強は日々怠らなかったがな。あのトリックを成功させる為には必須スキルだからな」

「じゃあ鹿鳴館の鹿を数字の6と勘違いして覚えていて、そこから一つ数字を下げてあの名前にしたって訳だったの?」

「そうだ」

「へえ。じゃあ市田さんが名付けた訳じゃないんだ? いかにも市田さんが付けそうな感じなのに」

「そうだな」

「でも、それが動機に繋がる事なの?」

「そうだ。市田はどこでこの屋敷の事を突き止めたかは知らんが、ワシの父に直接この屋敷を譲ってほしいと持ち掛けて来た」

「何で?」

「市田は鹿鳴館を知っている。だが、偶然にも奴も六鳴館と勘違いしていたのだ。そこから1低い建物があると言う事を知り、どうしてもここが欲しくなったそうだ」

「いち、たりない……か……そして彼の認識している常識から一つ足りない物を好む……六鳴館を鹿鳴館だと分かっていれば彼は興味が湧かなかった筈」

「そう、奴は自分の無知を知らぬまま、その本家から一足りないと言う名前に惹かれ、飛びついて来たのだ。不思議だろう? 君は市田と同じ立場だとして、そんな事をするか?」

「しないかなあ……でも……行動力は凄まじいよね」

「ああ。だが奴は、市田理内→1足りない。と言う名前に人生を乗っ取られているかの如く。固執する。常識では無い、奴の思い込みで作られた幻想。そこからでも

「これは一つ足りなく出来る!」

と奴が判断したら。そういう物を発見するや否や、1引いて喜びを感じようとする異常性癖所有者。吐き気を催す……愚かだろう? 異様に一つ足りないと言う事に執着する姿。醜いにも程がある。何故か? 理由は分からん。分かりたくもない。だがそれは異常ともいえる徹底ぶりで、周りもおかしいと思っていてもその権力で逆らえなかった。
その性癖が行き過ぎた結果……父は奴に騙されこの家を失った。そして路頭に迷い街中で倒れていた。凍死だそうだ」

「そんな事が……」

「だが、ワシはそんな事を知らず奴がいつの間にかこの屋敷に毎日のように来る事に違和感を覚えなくなった頃、ニュースで父の死を知った。行方不明になってから2か月位後の話だ。その当時、ワシは奴に沢山の遊具をもらっていて、良いおじさんなんだと勘違いしていた。奴に父はどうしたの? と、聞いても今、長丁場になる仕事に取り組んでいて家に戻れない。私の代わりに市田が世話すると言う事を市田本人のみから聞き、それをろくに確認する事もなく信じていた……ワシも……愚かだった……」

「でも、どうして市田さんがやった事を知ったの? 隠していたと思うよ」

「警察が本人の筆跡の確認として父のシャツの胸ポケットに入っていたメモ帳を見せてくれたのだ」

「2か月も後に?」

「恐らく本当は見せたくなかったのだろう。警察で解読したが出来なかった。だから仕方なしにワシの所に持って来たのだと思う」

「そういう事か……で、何が書いてあったの?」

「暗号だ。警察も分からない様に複雑な物だった。ワシだけが解けるシュレイネーゼ家に代々伝わる秘密の暗号だ。父直筆のサインと、表紙にシュレイネーゼ家の家紋の入ったメモ帳だ。サインの筆跡も間違いなく父が書いた物だと分かった」

「そこにあなたのお父さんが受けた事が一部始終全て記されていたって事ね?」

「その通り。こんな内容だった。

【奴と口論の末路頭に迷い、どうしていいか分からない。すまない】

と残されていた……その暗号は父の字とは思えない程乱雑で、ペンではなく爪で紙を引っ搔き、その傷で文字を書いていた。恐らくペンも持っていなかったのだろう。故に解読にも時間が掛かった。その時思ったのだ。もしかしたら奴に酒をたらふく飲まされて泥酔させた状態で寒空に下に出されたと言う事を!」

「それは間違いないの?」

「推測だ。メモ帳にアルコールが付着しているかは確認したがそれは無かった。だが冬の夜に父がジャケットも羽織らずYシャツ姿で発見された事実から、その推測は間違っていないと確信した」

「そんなひどい事をする人には見えないわ」

「まあ現実はそう甘くはない。だがそれだけでは飽き足らずワシにも攻撃してきた。それがカラムーチョラグーンをプレイさせると言う事だった。思い出すだけでも忌々しい……」

「オオカニさんの部屋にあったあのゲームの事?」

「そうだ。多分あれはオオカニ君が自腹で買った物だろう。さっき言っておっただろう? どんなゲームなのかプレイする予定だったと」

「うん、止めていたよね」

「その通り。あれはゲームではない。そう、

【刃無き凶器】

だ……プレイした人の心をズタズタにする危険物。ワシのはその存在を許せぬ程に憎んだ故、粉々にした記憶があるからな。
そう、カセットの一欠片すらの現存をも拒める程に憎しみを抱く結果となった。そうしないとワシが逆に壊されていた筈。
で、メモを解読し、警察にその事を話した。だが風原と言う警視はこんな傷のような文字の上の訳の分からない落書きは証拠にならない。印鑑も偽造しやすいシンプルな形状だから信頼に足りぬと、更には筆跡も実の息子のお前が筆跡を真似、書いた物。と、言いがかりまでも付けてきおった。更には

『お前がこの出鱈目な文字列を暗号と偽って市田に罪を着せようとしているんだろ?』

とまで言ってきおった。ワシの家に伝わる暗号。それを解読方法を事細かに説明込みで風原でなくても幼稚園児でも分かる様にじっくり解説したのに、明らかに市田が悪いと伝えた筈なのに最終的に言ってきたのは

『信じられない。でっち上げだ』

の一言で一蹴だ。どう思うかね?」

「信じられない……でもフランケンはこの家の家主の子供だから市田さんに100万円を躊躇わず渡せたんだ。この屋敷の為に使ってくれると信じて」

「その通り。奴はこの家をかなり愛していたからな。その家が無くなると困るのは奴も同じ。まあ仮にその為に使わず貯め込んだり自分の懐に入れようとしてももうすぐワシの手により死ぬ男。いずれ元に渡ると確信していたからこそ躊躇わず渡せたのだ」

「でもカラムーチョラグーンの話が出た時に冷静は保てなかったのね」

「そうだ。だが、実はその時、初プレイ時に発狂し暴れていた時記憶はなく。奴の話でその状況を初めて聞いたのだ……やりきれない気持ちになったな」

「すごいゲームだったんだね……」

「ワシは市田を疑っていたが、警察も取り合ってくれず誰にも頼れない。だから自分で突き止めようと策を練り始めた。そんな矢先に、

『このゲーム面白いらしいよ?』

と奴に渡されたゲーム。それこそがカラムーチョラグーンだった。いつもは玩具をくれていた奴から初めてゲームソフトを貰ったと言う驚きと新鮮さもあったし、ワシもずっと疲れていて、ゲームでもして気分転換しようと何の疑いもなく受け入れてしまった。気が緩んでしまったのだ……だが、それをプレイする事でワシは精神崩壊を起こし、一時的ではあるが本当に何も喋れなくなった。これから突き止めようと動き出した直後にだ。奴が意図してワシを精神崩壊させようと策略だったのだ。結果、行動も幼児退行していたそうだ。市田は何故かその事実を知っていて、こうなる事を目的としてあのゲームをやらせたのだ! 普通父親が死んだ直後にこんなうつ展開になるゲームを意図して手渡した理由はそれしか考えられぬ」

「酷い……確かにそうね……」

「奴があのタイトルを口走った瞬間、我を忘れつい、本気で素手で殺してしまうところだったよ……だがそれでは今まで練った計画が水の泡になると思い直し、中断した」

「良く思い留まったね……」

「まあな。辛抱強さはある方だ。で、発狂し暴れた後、暫く本当に喋れなくなった事実を利用し、日本語が喋れなくなった振りをしようと考えた。そう、考える力が無い振りをすれば、市田に必要以上に警戒されないのでは? と、考えたのだ。従順に従い、フンガーとのみを発言し、奴の言う通りの語尾を言っていれば追い出されずにこの屋敷にも置いてもらえると判断した訳だ。館の主の実子。だからいずれはこの屋敷の所有者になると言い出す事を恐れるだろう。だが心疾患を演じていれば、もはや市田の屋敷になったと安心し、警戒されず復讐を練る時間をこの屋敷内で進めていけると考えたのだ。これが君の大好きだった、【フンガー】誕生秘話だ」

「そんな……」

「結果ワシは数年間言語障害の芝居をすると言う無駄な時間を過ごす事になった。暫くして奴も慣れてしまい、もう元には戻らないと高を括ったのだろう。ワシに何と言ったと思う?」 

「ま、まさか……」

「そうだ……奴はこう言った

『君が少しおかしくなってしまったこのミスも、私の欠点でもあり魅力でもあるんだ。仕方がない事なんだよ?』 

だ。信じられるか? アリサ。この言葉に何か足りないと思う部分はあると思うかね?」

「酷いーリ……」

「なんて奴なんだカニ……」

「そんな事を言ったドフ? 許せないドフ!」

「無い……」

「そうだ。無いのだ。これだけの事をしたにも関わらず、それを自覚して置きながら、ワシに絶対に言わなくてはいけない事があるのだ」

「謝罪が……無い」

「そうだ。謝りもせず、後悔もせず言った事。それが、自分を褒め称える。だ! あのセリフを免罪符とし、謝罪を免れて生き続けている。どうだ? アリサ。君は、奴が一度でも謝ったところを見た事はあるか?」

「ええと……夕食中に、食後のレーズンを食べようとした時、急にお皿を引っ張って来て、食器に指をぶつけた時に、謝って来た気がする。確かごめんごめんって言っていたわ」

「それは大した事をしていないと分かっている時に言う決まり文句であり、心底反省している時に言う言葉ではないだろう? 2回言うと、

【重要な事なので】

と言う都市伝説もある。だがこの場合適応外だ」

「確かに……にやけながら言っていたし……」
 
「ワシの言っている謝罪とは、心を込め、感情を込め、腹の底から出た謝罪だ。一度でもそれを見た事はあるか?」

「無いわ。そういう時は必ずこの言葉ではぐらかしていた……」

「だろうな。人はそう簡単には変われない。だが、あれだけの事をやっても謝れないのだ。で、大して悪いとは思っていない事ではすぐ謝る。重大なミスの場合決して謝らないのにな……信じられるか? あの程度の人間性でもワシらと同じ人間としカテゴライズされているのだぞ? ミジンコやミドリムシと何ら変わらん本能的に動いている微生物程度の器でもだ! 謝ると言う高等技術を永遠に覚える事の出来ない憐れな生物。更に奴がワシにした差別は言語障害を演じているその間に家事全般をワシに教えた事だ。お化け屋敷のスタッフとしては使えないからあろう事かこのワシを家政婦代わりにした。そんな所だろう。
本来この屋敷の次期(あるじ)であるワシに対して! なあ、アリサよ、何で人と言うだけでどんなに粗悪な不良品でも処分されないんだろう? 道具は不具合があれば修理、手の施しようが無ければ処分されるし、植物だって決められた区画内で小さく育った未熟な芽は間引かれる。なのに人間はどれだけ腐っていてもそのまま放置だ。誰かが……この世界を駄目にしちまうような奴は、育つ前に間引きを行わなきゃ駄目なのだ。ここまで育って放置してしまっては駄目なのだ」

「その気持ち分からないでもない。だけど何とか別の方法はなかったの?」

「無かったな。警察も奴を守り、寿命で死なないか? と願ってみても中々死なない。当然だな。そういう人間は総じて死ににくい。憎まれっ子世にはばかると言ったか? 中々死んでくれぬ。尊敬していた父はあっさりと亡くなってしまったと言うのに……それで怒りで我を忘れていた。ただ、それでも3階のトレーニングルームでの鍛錬は決して怠らなかった。理由は明確には無かった。だが強くなる実感は我を忘れさせない効果があったのだと思う。そして物足り無くなって来て奴に少しずつ新しいトレーニング器具のカタログを見せねだった。奴は疑う事なく買ってくれたよ。それを使い、奴の顔を思い死ぬ気で鍛錬した。権力に逆らうには権力で追いつくのではない。純粋な筋力で覆すのだと思ってな」

「それであんなに強かったのね。でもなら力ではなく何故魔法で?」

「それは簡単だ。暫く鍛えてくるに連れ、怒りが少し収まったのだ。そして冷静になり考え直した。もし奴を殴り殺してしまっては足が付く。
どういう訳かな……無断でワシの屋敷に乗り込んで来て、父を殺し、ワシにも攻撃した失敗作を消去しただけでな。それに……」

「え?」

「血が……苦手なのだ……」

「あっ!」

「そう言えばフフンケン君、ネズニ君がアリリちゃんに切られた時気絶していたニイ!」

「そう、殴って吐血でもした瞬間、ワシも気絶してしまうかもしれぬ。それだけは避けなければならぬ。本来得意分野の格闘技で奴を仕留めたいとも思ったが、どう考えても出来そうにないな。だが、魔法ならどうだ? 本人にさえバレなければ警察では証明のしようがない」

「た、確かに……それで200つっこみしている時に横槍入れて来た市田さんに、ホッチキスで口を塞いで置けって言う命令も聞かなかったんだね?」

「ああ、気分的にはやりたくとも出来なかった。唇から出た少量の血でも気分が悪くなる」

「でもどうして私を連れてくる必要があったの? 私なんかいなくても市田さんを殺す事は出来たでしょう?」

「残念ながらそうはならなかったのだ」

「え?」

「ワシは殺人の計画を立て終え、実行する前日に、ある物を忘れていた。うっかりしていた……」

「何?」
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