第5話 料理は一緒に(前編)

文字数 1,401文字

 このアプリの被験者になって初めに感じた感想は。 
 スマートフォンを二つ持っているみたいで面倒くさいな、だった。
 けど、いつも持っているやつは主に仕事で使っているから。
 これはゲーム機だと思って持っていればいいか。
 携帯ゲーム機なんて子供のころ以来、もったことはないけど。

 職場である大学近くの一人暮らしのアパートにつく。
 部屋の中のソファに腰かけて、あのハードをカバンから取り出した。
 使い心地をレポートしなくちゃいけないんだもんね。
 帰ったらアプリくらい開かないと。

 アプリを開くと、あのCGの男、リンネの姿がハードに映った。
 涼しい顔だちのモデルのような美形。
 私が初期設定した顔だ。
 それが、私を見ると、唇がうごいた。

「やあ、今はどこにいるんだ?」

 普通の人間みたいに話しかけてきた。

「家に帰ってきたのよ。ここ、私のアパート」

 すると彼はくるりと首を回して辺りを見回す。

「いい部屋だね」

 私は笑ってしまった。
 AIのリンネが私の部屋を本当に見て、認識して『いい部屋』だと感じる心は無い。
 ただ、私の言葉を分析して、私の喜びそうな言葉をピックアップして、一番優先順位の高い単語を選んで言葉にしたのだ。

 私だって研究者のはしくれ、それくらいは分かる。

 でも、本当にリンネがそう言ってくれたように聞こえた。

「ありがとう」

 だから、私もお礼を言っておいた。
 なかなか精巧にできた人格だ。リンネという恋人は。

「もうすぐ夕食時だな。今日は何を食べるんだ?」

 六時すぎという時刻からだろうか、リンネが質問してくる。
 
「そうね……。冷蔵庫に何かあると思うから、適当に」
「何か美味しいレシピを検索しようか? 材料が分かれば可能なんだけど」

 レシピの検索! 
 ああ、だからネットに繋がっているのか。
 基本機能でネットがあったのはそのためか。

 その機能を試してみたくて、私は冷蔵庫の方へ歩いて、中身を見てみた。

「リンネ、冷蔵庫には、鶏肉と卵と野菜室にシイタケの切れはし、玉ねぎが半分入ってる」
「他には?」
「牛乳くらい」
「甘いものは好きか?」
「うん」

 いくつかのやりとりのあと、リンネは二つのレシピを提案してきた。

「一つ目、親子丼。二つ目、ミルクセーキ。この二つで夕食はどうだろう」

 画面に黄色い卵がつやつやした親子丼と、ミントの葉が可愛いミルクセーキの写真がぱっと出る。

「なんか美味しそうなメニューね! 特にミルクセーキっていいわ!」
「作るのはタカラさんだけどな」

 写真が消えて、リンネが映る。
 リンネはハードの中で苦笑した。
 表情の一つ一つが、活き活きしている。細かい表情筋の設定もきっとしてあるんだろう。
 なによりも琥珀色の瞳に生気があって、私の目を見て話をする。

 私はリンネの言うとおりに、この二つのメニューを作って夕食にすることにした。

「ね、リンネ」
「なんだ」
「私、両方とも作ったことないんだけど、それでも作れる?」
「一緒につくろう。俺が教えるからさ」

 私はハードにスマホ用のスタンドをつけて、キッチンに置いた。
 そこにはリンネがエプロンを付けた姿で、映っていた。
 着替えができるなんて、面白いな。
 それに、エプロン姿なんてちょっとかわいい。

「じゃあ、始めようか。まずは、野菜を切って」
「分かった」

 リンネというAIは、なんとなく人当たりがいい人間を思い起こさせる。
 こういう人って営業に向いているのよね。
 
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