第1話 プロローグという名のエピローグ

文字数 869文字

 2030年、四月――

 日本国アンドロイド研究所の実験室で。
 培養カプセルの中の、人の姿をしたモノの指が、ピクリと動いた。
 水色の液体に浸されている逞しい男性体をもつそれが、薄く目を開ける。
 カプセルの中で青く底光りする琥珀色の瞳が私を見た。

 彼が起動した。
 私は歓喜に震えそうになりながら、カプセルの液体を抜くボタンを押す。
 排水溝に流れていく培養液の音を聞きながら、彼を見た。
 まだ薄ぼんやりしていて、眠そうに目を細めている。
 培養カプセルの蓋を開けるボタンを押すと、彼はゆっくりと裸の上半身を起こした。

「あなたは自分のことが分かる?」

 私は逸る気持ちを押し殺して、彼が正常に起動しているか確かめるために質問した。
 彼は一つ頷いて、私を見る。

「俺は片瀬 輪廻(りんね)

 名前は分かるようだ。
 声も、十年前と変わらない。
 低音で優しそうで、なめらかな口調の声音。
 そう、ずっと聞きたかった彼の声だった。

「私のことが分かる?」
「……ああ、分かる。藤堂 (タカラ)。俺の大事な人」

 彼は私を見て頬と目元を緩ませてほほ笑んだ。
 昔のように。

「リンネ……!」
 
 止めることのできない涙がほとばしる。
 頬を流れる雫がとめどなく止まらない。
 今ここにあるリンネの姿は、あの小型ディスプレイで見たCGの彼そのもの。
 完全に再現され、実現された彼を、私は抱きしめて泣いた。
 
「泣かないで。俺がいる」

 彼は昔のように優しい言葉を掛けてくれて、私を抱きしめ返してくれる。
 
「……リンネ!」

 この為に、私はあの日から十年をかけた。
 こうしてリンネと抱き合う為に、国のアンドロイド製作研究を利用して、彼を蘇らせた。 
 そう、彼は蘇ったのよ。
 あの小さな端末の中ではなく、こうして実際にいる存在として。

 体温を感じない、心臓の音も感じない、それでも昔のように優しく微笑む彼の腕の中で。
 私は泣きながら彼にキスをした。
 
 大好き。
 離れたくない。ずっと一緒にいたいの。
 
 彼はそんな私の声が聞こえたかのように、キスに応えてくれた。

 私だけのリンネ。
 ずっとずっと、もう離さない――
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