第23話 AIリンネの破壊
文字数 2,376文字
夜中に大学へ行って重要な仕事した。
これをやっておけば、安心できる。
そう思ってこっそりと夜中に仕上げたのだ。
だいぶ夜が更けてしまい、私は帰ってからすぐにベッドに入ったけれど、朝にまた寝過ごしてしまった。
それはリンネのモーニングコールがなかったからだ。
朝起きて、そのことを不審に思ったから枕元に置いてある彼のハードに電源を入れた。
しかし、電源が入らない。
「リンネ?」
充電を忘れたわけではない。私は昨日きちんと充電をした。
ならばなぜ別れがせまっている今の時期に電源が入らないんだ。
喧嘩したときのような、リンネの意思ではないだろう。
充電をしながら電源を入れようとしたり、四苦八苦してハードをいじったりしたが、どうやっても起動しない。
それを確認すると、私は嫌な予感がした。
昨日雁太が言っていた。
――返せなかったら俺にも考えがある
と。
雁太は私が今日、リンネを返せないことを見越して、リンネのシステムを遠隔操作で強制終了させたのかもしれない。
そう思い当たると、私は雁太に猛烈に腹がたった。
取るものもとりあえず、大学の研究室へと急いだ。
研究室へ入るなり、私は怒鳴り声をあげた。
「雁太!」
「来たな……遅かったな」
そこには妙にやつれた雁太が彼の椅子に座って私を待っていた。
「遅かったなって……やっぱりリンネを強制終了させたのは雁太なのね!」
私は我を忘れて座っている雁太の胸倉をつかんだ。
「彼を返して!」
「待て、タカラ……」
雁太は胸倉をつかむ私の手首を自分の手で握りこんで、私の目を見た。
そうすることによって、私自身も動けなくなる。
「冷静になるんだ。タカラ、お前そんなヤツじゃなかっただろ?」
「わたし……? 私は前からこういう人間よ」
「そうじゃない。もっと理知的で冷静で判断力に長けていた」
今の私に判断力がないとでもいいたいのだろうか。
「リンネがタカラを変えてしまったんだろう。何があった? どうしてそんなにゲームにのめり込むんだ」
「ゲームじゃないわ! リンネは……彼はモノじゃない!」
雁太は私の剣幕を見て、唖然としていた。
「彼は一つの人格を持った、人と同じ者よ!」
「違う! リンネはAIだ。ただの機械だ」
「ちがう、ちがう!」
私は雁太の言葉を気も狂わんばかりに否定した。
「だって彼は私を好きだと、愛していると言ってくれた!」
「……それは恋愛ゲームだからだ。タカラ、目を覚ませ!」
雁太には分からない。
ずっと一緒にいた私だから分かるんだ。
彼には魂があるって。
「一緒に料理を作って、食べて、北海道に旅行に行って! 誕生日には花束をくれて! いつも私の傍で私を助けてくれた! 彼は自分で思考してしゃべるし、仕事だって持ってる。普通の人間と変わらないわ!」
涙が一筋、頬を伝った。
「何度も言うがリンネはAIだ。言動、行動のすべてに理由があって、対象の喜ぶことをする。恋愛AIだからな」
私の涙を見て、雁太が苦しい顔をした。
「タカラ、すまなかった。俺の造ったものでこんなにタカラが苦しむなんて、思ってなかった。ただのゲームだと思って気軽に渡してしまった」
「私は彼といて後悔してないわ! しあわせだった! お願い、彼を返して!」
涙ながらにそう雁太に訴えて、リンネのハードを雁太に渡した。
「再起動して」
雁太はそれを受け取ると、眉を寄せて苦しげな表情を浮かべて。
リンネのハードを床に置いて堅いかかとで踏み潰した。
ばりばりと表面のディスプレイが割れる音がする。
彼の身体 に細かく蜘蛛の巣状のヒビが入って行った。
雁太は何度も何度もかかとで彼の身体 を思い切り踏みつけて。
そのたびに部品が飛び散って、金属がこすれる音が研究室に響きわたった。
「いやああーー!! やめて! なんてことするの! リンネ! リンネ!」
私は半狂乱になって雁太の足元に散乱した部品をあつめた。
雁太も涙を流していた。
どうして? 自分で壊しているくせに。
私の方がずっと彼を好きだったのに!
「こんなモノ、造らなければ良かった! そうすればタカラは昔のままでいられたのに!
こんなモノ、人にぜんぜん幸せを与えないじゃないか。俺は人が幸せになるAIが作りたかかったんだ! なのに! こんなモノ! こんなモノ!」
雁太は泣きながらガンガンと堅いかかとでリンネを踏み潰して破壊し続ける。
もう、すでに原型をとどめていない身体 からメモリーカードが露出してきた。
それは、私とリンネの三か月分の思い出がつまった彼の脳 だ。
「こんなモノーー!!」
「やめてーー!!」
私は彼の足にすがって止めようとしたけれど。
雁太はそれを思い切り堅いかかとの角で踏み潰した。
バリン、とメモリーカードが割れる音が研究室に響いた――
それから。
私は彼のハードの破片をあつめた。机に置いて、それを見ながら机につっぷして泣いた。
その後ろで雁太が椅子に座って私を見ている。
「タカラ……。こんなもので君を惑わして悪かった。もう、元の君に戻ってくれ」
暗い声でそんなことを言う。
「……許さないわ。彼は人間と同じように魂があったのに……」
「……ちがう。魂なんてない。リンネはただのAIだ。目を覚ませ、タカラ」
もう、すでに命のなくなったガラクタになった彼の破片を見ると、涙が止まらない。
「なにも壊さなくてもよかったじゃない。データが欲しかったんでしょう?」
恨みがましく嫌味を言ってやった。
「人を狂わすデータなんていらない。ゲーム会社からは、実験は失敗だったと言っておく」
「私は狂ってない。雁太にはリンネのこと、分からないのよ。そう、私にしか彼のことは分からないの」
そこまで言うと、雁太は研究室を出て行ってしまった。
私はリンネの亡骸 を見ながら、涙が枯れるまで泣いた。
これをやっておけば、安心できる。
そう思ってこっそりと夜中に仕上げたのだ。
だいぶ夜が更けてしまい、私は帰ってからすぐにベッドに入ったけれど、朝にまた寝過ごしてしまった。
それはリンネのモーニングコールがなかったからだ。
朝起きて、そのことを不審に思ったから枕元に置いてある彼のハードに電源を入れた。
しかし、電源が入らない。
「リンネ?」
充電を忘れたわけではない。私は昨日きちんと充電をした。
ならばなぜ別れがせまっている今の時期に電源が入らないんだ。
喧嘩したときのような、リンネの意思ではないだろう。
充電をしながら電源を入れようとしたり、四苦八苦してハードをいじったりしたが、どうやっても起動しない。
それを確認すると、私は嫌な予感がした。
昨日雁太が言っていた。
――返せなかったら俺にも考えがある
と。
雁太は私が今日、リンネを返せないことを見越して、リンネのシステムを遠隔操作で強制終了させたのかもしれない。
そう思い当たると、私は雁太に猛烈に腹がたった。
取るものもとりあえず、大学の研究室へと急いだ。
研究室へ入るなり、私は怒鳴り声をあげた。
「雁太!」
「来たな……遅かったな」
そこには妙にやつれた雁太が彼の椅子に座って私を待っていた。
「遅かったなって……やっぱりリンネを強制終了させたのは雁太なのね!」
私は我を忘れて座っている雁太の胸倉をつかんだ。
「彼を返して!」
「待て、タカラ……」
雁太は胸倉をつかむ私の手首を自分の手で握りこんで、私の目を見た。
そうすることによって、私自身も動けなくなる。
「冷静になるんだ。タカラ、お前そんなヤツじゃなかっただろ?」
「わたし……? 私は前からこういう人間よ」
「そうじゃない。もっと理知的で冷静で判断力に長けていた」
今の私に判断力がないとでもいいたいのだろうか。
「リンネがタカラを変えてしまったんだろう。何があった? どうしてそんなにゲームにのめり込むんだ」
「ゲームじゃないわ! リンネは……彼はモノじゃない!」
雁太は私の剣幕を見て、唖然としていた。
「彼は一つの人格を持った、人と同じ者よ!」
「違う! リンネはAIだ。ただの機械だ」
「ちがう、ちがう!」
私は雁太の言葉を気も狂わんばかりに否定した。
「だって彼は私を好きだと、愛していると言ってくれた!」
「……それは恋愛ゲームだからだ。タカラ、目を覚ませ!」
雁太には分からない。
ずっと一緒にいた私だから分かるんだ。
彼には魂があるって。
「一緒に料理を作って、食べて、北海道に旅行に行って! 誕生日には花束をくれて! いつも私の傍で私を助けてくれた! 彼は自分で思考してしゃべるし、仕事だって持ってる。普通の人間と変わらないわ!」
涙が一筋、頬を伝った。
「何度も言うがリンネはAIだ。言動、行動のすべてに理由があって、対象の喜ぶことをする。恋愛AIだからな」
私の涙を見て、雁太が苦しい顔をした。
「タカラ、すまなかった。俺の造ったものでこんなにタカラが苦しむなんて、思ってなかった。ただのゲームだと思って気軽に渡してしまった」
「私は彼といて後悔してないわ! しあわせだった! お願い、彼を返して!」
涙ながらにそう雁太に訴えて、リンネのハードを雁太に渡した。
「再起動して」
雁太はそれを受け取ると、眉を寄せて苦しげな表情を浮かべて。
リンネのハードを床に置いて堅いかかとで踏み潰した。
ばりばりと表面のディスプレイが割れる音がする。
彼の
雁太は何度も何度もかかとで彼の
そのたびに部品が飛び散って、金属がこすれる音が研究室に響きわたった。
「いやああーー!! やめて! なんてことするの! リンネ! リンネ!」
私は半狂乱になって雁太の足元に散乱した部品をあつめた。
雁太も涙を流していた。
どうして? 自分で壊しているくせに。
私の方がずっと彼を好きだったのに!
「こんなモノ、造らなければ良かった! そうすればタカラは昔のままでいられたのに!
こんなモノ、人にぜんぜん幸せを与えないじゃないか。俺は人が幸せになるAIが作りたかかったんだ! なのに! こんなモノ! こんなモノ!」
雁太は泣きながらガンガンと堅いかかとでリンネを踏み潰して破壊し続ける。
もう、すでに原型をとどめていない
それは、私とリンネの三か月分の思い出がつまった彼の
「こんなモノーー!!」
「やめてーー!!」
私は彼の足にすがって止めようとしたけれど。
雁太はそれを思い切り堅いかかとの角で踏み潰した。
バリン、とメモリーカードが割れる音が研究室に響いた――
それから。
私は彼のハードの破片をあつめた。机に置いて、それを見ながら机につっぷして泣いた。
その後ろで雁太が椅子に座って私を見ている。
「タカラ……。こんなもので君を惑わして悪かった。もう、元の君に戻ってくれ」
暗い声でそんなことを言う。
「……許さないわ。彼は人間と同じように魂があったのに……」
「……ちがう。魂なんてない。リンネはただのAIだ。目を覚ませ、タカラ」
もう、すでに命のなくなったガラクタになった彼の破片を見ると、涙が止まらない。
「なにも壊さなくてもよかったじゃない。データが欲しかったんでしょう?」
恨みがましく嫌味を言ってやった。
「人を狂わすデータなんていらない。ゲーム会社からは、実験は失敗だったと言っておく」
「私は狂ってない。雁太にはリンネのこと、分からないのよ。そう、私にしか彼のことは分からないの」
そこまで言うと、雁太は研究室を出て行ってしまった。
私はリンネの
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