第2話 研究室にて

文字数 1,354文字

 2019年。
 忘れもしない。
 それは、春まっさかりの四月のことだった。



 ロボット工学の中での『動き』を研究していた私は、AI技術を研究している高田雁太(たかだがんた)と大学の食堂に向かっていた。
 ロボット工学の『ロボットの動き方』と『AI』は切っても切れない、兄弟みたいな技術だから、同じフロアで研究していたのだ。その際、雁太とは馬が合って親友になり、こうして一緒に昼食を食べる仲になった。
 私と雁太は、同じ大学の研究室に務める研究者だった。

 食堂につくと、食事のトレーを持ち、配膳に並ぶ。がちゃがちゃと食器の音がして、人々の話をする声がざわざわと聞こえていた。

 スプーンをトレーに載せると、雁太は私にこう切り出した。

「なあ、タカラ。ちょっと良いバイトしてみないか?」

 私は眉を寄せた。

「良いバイト? なんか胡散臭いわね。そういうのは嫌よ」
「いや、胡散臭くはないよ。むしろ楽しいかな。俺の開発しているAIアプリの被験者になってほしいんだ」
「アプリ?」

 よく意味が分からない。

「ああ、アプリ。今おれ、チームの研究とは別に、俺個人で未来の恋愛ゲームに使うAIの研究をしてるんだ。恋愛ゲームって知ってるか?」

 そう聞かれて、私はうんと頷く。
 スマートフォンや携帯ゲーム機などでよくあるゲームソフトだ。主人公が自分で、登場キャラクターと恋愛をするというゲーム。

「いままでの恋愛ゲームはプレイヤーを主人公にした主に『読み物』だった。だけど、このアプリは違う。スマートフォンの中に住んでいる、携帯ラヴァーだ」
「けいたいラヴァー?」

 聞きなれない単語に私はすっとんきょんな声をあげる。

「そう、携帯できる恋人」

 恋人って携帯できるわけ? それって恋人なの?

「いつでも傍にいてくれて、いつでも話し相手になってくれる。AIはその為のプログラムだ。今までのゲームのように同じ質問に同じ言葉は返さない。AIが考えて「会話」が成立する」
「……はあ」
 
 間の抜けた返事をしてしまう。
 そこまで恋人に飢えてもないけど、バイトとしては危ない橋でもなさそうだ。

「これは将来、一人暮らしのお年寄りの話し相手になるAIにも応用できる。今回、俺はそれをアプリにしてみた。AIの人格は男だから、タカラに被験者になってもらって、使い心地をレポートしてもらいたいんだ。報酬は後払いで三十万だす。一週間に一回レポ―トしてもらって、期間は三か月間。どうだ?」

「三十万!?」
 
 あまりの高額な報酬に声が出た。

「そう、三十万。三か月で三十万だったら、悪くないだろ?」

 正直に言って、喉から手が出るくらい、お金は欲しい。
 貧乏な私に三十万円は魅力的すぎた。

「三か月間のゲームアプリの体験、それでいいの?」

「ああ。で、どう?」

「いいわ、やる」

 そのとき、私は雁太の造ったAIを舐めていた。
 というか、AI技術はある程度勉強していたつもりだったけど、認識が甘かったのか。

「じゃあ、後で俺のスポンサーとのバイト契約しよう。お金が出ることだからね。詳しい説明は研究室に行って、また詳しくするから」
「ええ」
「じゃ、取り敢えずメシ食っちゃおうぜ!」

 雁太はそう言うとトレーにカレーをのせて、テーブルについた。
 私も冷やし中華を選んで取ると、雁太の横に座ってそれをゆっくりと食べることにした。
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