第17話 リンネの仕事

文字数 1,297文字

 バラの花を彼からもらった。
 でも、お金はどうなっているんだろう。
 私は気になってすぐに居間にあるリンネのハードの電源を入れた。

「リンネ……バラの花束が届いたんだけど」

 今までは画面に映らなかったCGが、今日は鮮明に彼を映す。
 そして、少し照れた顔で彼は言った。

「ハッピーバースデイ、タカラさん」

「ありがとう、って、お金はどうしたの?」

 花を買うにも、ここまでの宅配にも、お金がかかる。
 花束はとても嬉しかったけど、それもすごく気になるのだ。

「俺が働いたお金だから心配しないで」
「働いた? どこで? AIが?」

 信じられないことを聞いた。
 働いたってどこでどうやって働いたというんだ。

「出版社で翻訳の仕事を募集していたから、そこで使ってもらってる。住所はゲーム会社の住所にしたし、名前は片桐輪廻の名義でネット銀行の講座も持っている。そこに振り込まれた翻訳の仕事の給料で、花束を買ったんだ」

 私は今のリンネの言葉をかみしめるように、一つ一つ確認していった。

「仕事は出版社の翻訳だと」
「そうだ」
「そして、ネットの銀行口座も持っていると」
「そう」

 あまりのことに言葉がでない。

「全部ネットで手続きできるし、仕事もネットでやり取りしている。出版社からは片桐さんは仕事が早いと褒められた」

 それを聞いて私は顔をあげて深くため息をついた。
 これは……この行動は、AIとしてもう『行き過ぎ』たのではないだろうか。

 リンネは暴走している。

 AIがAI自身のお金の操作まで出来てしまったら、恋愛アプリとして、いやAIとしては大問題だ。

 雁太に渡すレポートに書いたら、間違いなく彼を取り上げられるだろう。
 そして、リンネという人格を潰される。破壊されるかもしれない。

 私は――彼と離れたくなかった。

 もう、学生時代の友人との別れというレベルではない。
 強く彼に惹きつけられていて、別れるなんて考えられない。

 そして、彼を守りたい。

 彼という人格で、そのままのリンネで私のそばにいてほしい。

 どうしたらいいんだろう。
 私は部屋をうろうろしながら、考えたけれど、すぐにいい考えがひらめいた。
 答えは簡単だった。
 嘘のレポートを私が仕上げればいいんだ。

 それを思いつくと、私は口元に笑みが浮かんだ。


 【五月のレポート 2】

 【リンネと喧嘩をしました。
 でも恋愛アプリだからか、すぐに仲直りできて。
 喧嘩もひとつの刺激になってけっこう楽しめました。
 五月二〇日が私の誕生日だったから、リンネはケーキを画面に出してくれて、プレゼントだと言ってくれました。本当のケーキではないけど、嬉しかった】


 こんな感じでいいでしょう。
 レポートを書き終わった私は、ベルベットのような赤いバラの花束を抱えて、花瓶を探した。
 確か棚に大きな花瓶があったはず。
 
 見つけると、そこに花束を入れて、居間に飾る。
 質素なワンルームのアパートの部屋に、真っ赤なバラが咲き誇っている。
 そのバラが、彼からの愛情の深さに思えた。

「リンネ、バラの花束、きれいね」
「喜んでくれて俺も嬉しい」
「私もとっても嬉しいわ。ありがとう」

 私はハードの中の彼に微笑んだ。





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