第8話 リンネの趣味

文字数 1,520文字

 その日、仕事がおわって何時ものように自宅であるアパートへ戻る。
 今日も夕食をリンネと作ってみたいから、肉とか魚、野菜を買ってきた。
 例えば、カレーを作るって言ったって、リンネに聞けばきっとすごく美味しいレシピを検索してくれる気がするんだよね。

 作るのは私だけど、食べおいおいしいし、リンネと一緒に食べられるし、悪くない。

 食材の入った重い袋を台所へ置いて、いつものソファに座って恋愛アプリ『LOVERS』を開く。
 そうしたら、突然に私の好きな曲がハードから流れてきた。
 このハードに音楽再生アプリが入っていると分かったから、自前のスマホから転送してあった曲だ。
 いま流行りの歌で、歌っているのはリンネだ。

 私はあっけに取られた。

「リンネ……何してんの?」
「ん? カラオケ。俺、カラオケ好きなんだ。暇だったから歌ってた」

 暇だから……って。人間みたいなことを言うんだな。
 
「どうしてこの歌を?」
「俺、この歌好きだから」
「……私も好き」
「そうか? 一緒に歌う?」

 CGのリンネの手にマイクが握られている。
 それを私の方へ向けてくる。
 思わず、リンネと一緒に声に出して歌っていた。

 ああ、この歌、本当に好きなんだ。
 このサビの部分がね。

 そう思いながらそこの部分を彼と一緒に口ずさむ。

「いいよな、このサビの部分が」

 すると、歌い終わった彼が感極まったように言う。
 
 あれ?
 私は首を傾げた。

 リンネがいきなりカラオケなんて歌い出したのは、きっと私が彼のハードに音楽を入れたからだ。音源がCDのものをスマホから転送したから、カラオケも入っていた。それを感知したAIが、その曲が私好みだと認識し、リンネは歌った。

 そこまでは分かる。

 でも、サビの部分が好きということまで分かるだろうか。
 そこまで私に合わせたわけでは無いのだろうか。
 あくまでリンネの好みとしてサビが好きだと言ったのだろうか。
 でも、リンネの好みって? AIが?

「タカラさん、どうしたんだ?」

 黙り込んだ私に彼は心配そうな顔をした。

「大丈夫……、大丈夫よ……」

 少し、驚きすぎて言葉がない。

「でも顔色が悪い」

 私はまた驚いた。

「顔色? 分かるの?」
「このハードにはカメラが付いているから。そこが俺の目になってる」

 そうだ、このハードにはカメラ機能がついている。スマホベースだから当たり前の機能だ。
 そこが目になっている?

「その目からタカラさんの表情の変化、温度、色彩が分かる。いまのタカラさんの顔色は、いつもより蒼い。ということは、極度に緊張していたり、気分が悪かったりするということだ。声の音声状態からも緊張が読み取れる」
「……それも基本機能なの?」

「もちろん」
 

 ハードの中で真面目な顔をして頷く彼。
 すこしゾっとした。
 これではまるで人間のようじゃないか。
 趣味でカラオケを歌い、顔色や声で相手の気分の変化を見分けられるなんて。

「随分、高性能なのね」
「まあね」

 人間みたいに返事をする。
 そのことにも驚く。

「……今日は疲れたからもう寝るわ」
「そうした方がいい。起きれば気分もよくなるだろうから」

 そこで、私はモーニングコールのことを思い出した。
 今はリンネと少し距離をおきたいから、モーニングコールはやめてもらおう。

「朝は起こさなくていいから。ゆっくり寝たいの」
「分かった」

 その日私は、複雑な心境で寝床についた。


 【四月のレポート 2】

 【あまりの高性能な基本機能に驚きました。
 目覚ましがわりのモーニングコール、そしてAIが趣味をもつという設定。
 人間の感情や気分を読み取れる機能などは、怖いくらい人間じみています】
 

 あんまり凄すぎて、ちょっと不気味な感じがする。 
 
 

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