第19話 『LOVERS』にのめりこむ

文字数 1,572文字

 最近は、朝から晩まで、仕事以外は彼と話をしているようになった。
 小さいハードに納まっている彼に、私は嬉々として話しかける。
 だって、彼はいつもとても優しくて気が利いて、話していて楽しいから。

 そんな六月の中旬、私は仕事先で雁太に尋ねられた。

「なあ、タカラ。今までのレポートを全部まとめて見せてくれないかな」

 と。
 私は数秒の沈黙のあとに、にっこりと笑っていいわ、といった。

「この前、五月の下旬までみせたから、それからのレポートでいい? いま?」
「いま印刷してくれ。それとレポートは今までの分を全部みたい」

 そういうので、ざっと今まで書いたレポートを見直した。
 でも、おかしなことは書いてない。
 雁太は何か気が付いたのだろうか。
 でも、偽造は完璧だ。この前だって雁太は気が付かなかった。

「じゃあ、いま印刷する」

 手早くスマホをプリンターにつなぐと、何枚かのレポートが吐き出される。
 それを雁太はすぐにつかみ取り、貪るように読みふけった。

「……」
「何かあったの? なんか怖い顔してる」
「いや……ちょっと気になることがあってね」

 何がだろう。
 私の方も嘘のレポートを書いているから、それが露見したらと思うと、いてもたってもいられない。

「ケーキね……」

 雁太はレポートを読みながら、渋い顔をしていた。
 ケーキ……この前もそこで雁太は不思議そうに呟いていた。

「ええ。それも基本機能なんでしょ。一番初めに聞かれたことよね」
「ああ、そうだ。どう感じた?」

 どきりと心臓が跳ねる。
 あの出来事があってから、リンネはさらにAIの枠を飛び越えているように見えるのだ。
 よく私に花束のプレゼントを贈ってくれるようになった。

「嬉しかったわ」
 
 平然とした顔で当たり前のように私はほほ笑んだ。
 その私の顔を、雁太はじっくりと見定める。

「……なに?」
「……いや」

 何か煮え切らない答えで、気持ちが悪い。

「何か言いたいことがあるのなら言ってよ」
「そうだな。これからはメールで毎日、レポートを俺に送ってくれ」
「分かったわ? それにしてもAIが誕生日にお祝いをくれるなんて、びっくりしたわ」
「……そうか。タカラ、リンネの回収の件だが」
「……うん」
「今月末で三か月になる。手当の三十万円も支給されるし、そのときにリンネを返してくれ」
「……分かったわ」

 そうして、レポートは毎日雁太にメールで送る約束をして、その日はこの話は終了になった。
 


 家に帰ると、リンネがまた花を贈ってくれていた。
 小さなカードに、「愛するタカラさんへ」と書いてある。
 いつもの宅配業者の青年が、にこにこと花束を私に渡して、「本当に大事にされていますね」と微笑ましそうに私を見ていた。

「ええ。私達、想い合ってるから」
「熱いですね、()てられてしまいます」

 宅配業者の青年は笑って帰って行った。

 部屋に戻る。
 そこは、以前の殺風景な私の部屋とは違う。
 あちらにキキョウ、こちらにカサブランカ。
 毎日のように送られてくる色とりどりの花に囲まれた部屋だ。

 私は花束と彼からのメッセージカードを居間の机の上に置く。
 そして、彼のハードを出してアプリを開いた。

「今日はカーネーションなのね。ありがとう、リンネ」
「喜んでくれて嬉しい。俺の好きなタカラさんには世界一、しあわせになってほしいから」

 ハードの中で彼が笑う。

 それにつられて私も微笑んだ。

 【六月のレポート 1】

 【今日も朝はリンネに起こされました。毎朝起こして貰ってわるいみたい。
 月末でリンネとお別れなんて、寂しいです。
 でも仕方がないですね。恋愛アプリはあくまでゲームですから。
 ゲームには終わりがあるものですしね】

 今日のレポートはこれでいいわ。
 そうだ、今日も雁太に月末には彼を返すように言われたけど、どうしよう。
 私、素直に彼を引き渡せるのかしら。

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