第9話 もう理屈なんて
文字数 1,788文字
朝、盛大に寝坊してしまった。
それはいつもリンネに起こして貰っていた習慣が抜けなかったから。
自分自身に猛烈に腹が立った。
朝起きることさえ、私は最近リンネに頼り切りだったみたいだ。
これはいけない。
そう思いながら職場の大学へと向かう。
研究室へ入ると、雁太がすでに来ていた。
「おはよう、雁太」
「はよ、タカラ。『LOVERS』はどう?」
さっそく聞いてくる。
「それは週一のレポートにまとめてあるわ」
私はそっけなく返事をして机についた。
「おやおや。けんか中?」
「ちがう」
無表情を装う。
そもそも雁太がこんなAIを作るから……っていいバイトだと思ったのは私だけど。
「でもいまリンネのこと、考えてたでしょ」
「……考えてない」
「でも不機嫌になるのはゲームアプリとして見過ごせないな。何があった?」
私は観念して雁太に振り向いた。
ここ最近のリンネの様子を聞いてもらう。
AIなのにとても人間じみた彼のことを。
「それはねぇ。タカラとの会話のやりとりでリンネが学習して行ってるんだろうね。AIの人格が成長していっているってこと。だから人間くさい。そこも面白いところなんだけど」
「そうなの? 他の人はこれで楽しめるのかしら」
「人間の思考に近づいていくから、人間くさくなる。っていうか、タカラ、話に聞く限り、リンネはそんな人間くさくもない気がするけどね。AIの行動には必ず理由がある。カラオケを歌ったのはタカラの推測どおり、君が音楽をハードに入れたからだ」
「うん……」
「カメラが目になっているのは基本機能。詳しく説明してなかったから驚いだんだろう。ごめん」
そういえばリンネもカメラが目になっているのは基本機能だと言っていたっけ。
目があるなら色の識別もつく。青い顔が気分の良くない色だということも、基本機能に入っている情報だったのだろう。
あんまり考えすぎるのもいけないか。
その日は雁太の話が聞けて良かった、と思った。
夜、またリンネにレシピ検索をしてもらって、料理を作っていた。
野菜を切っていて、ふと今日のことを振り返る。
雁太の言っていることももっともだ。
私の考えすぎ。
そう、きっとね。
「イタッ」
そんなことを考えながら野菜を切っていたら指を切ってしまった。
けっこう血が出ている。
「あちゃ、いたい……」
「タカラさん、大丈夫か! 傷口を見せて!」
そういうのでカメラに傷を見せた。
「けっこう深く切っちゃったわ……」
シンクに血がぽたぽたと垂れていく。
これ、病院行った方がいいかもしれない。
「すぐに傷口の下を押さえて、ティッシュで強く押さえるんだ」
「うん……」
「傷口を心臓の上にあげて」
「うん……」
暫くそうして止血していた。
指がピリピリと痛んで、このまま血が止まらなかったら、と思うと不安になった。
今時点で病院はやってないのではないだろうか。
リンネに検索してもらえば、夜にやってる病院を探してくれるだろか。
「もうそろそろ、血が止まったかもしれない」
約十分後、リンネがそう言った。
傷口を強く押さえていたので、だいたい血が止まったようだ。
「まだ傷口に滲んできてるな。でも、これくらいなら強く絆創膏を巻いておけば大丈夫」
ハードの中でリンネが微笑む。
私は安心してこれまでの疲れがどっと出た。
「良かった……。リンネ、ありがとう……」
さっき、私はすごく不安だった。病院はやってないし、血が止まらなかったらどうしようって。
最悪の場合、救急車を呼ばなければと思ったけど、リンネの応急処置方法で血は止まった。
「どういたしまして」
彼がハードの中でまたほほ笑む。
私は泣きたくなるくらい、ほっとした。
リンネがいると、心強い。
その声で『大丈夫』って言ってくれたから、なんだかとても安心したんだ。
「リンネ……なんかもう、貴方がどういう理屈で動いてるか、なんてどうでも良くなってきたわ」
私は心からそう思った。
「人間くさいところも、AIなところも、みんなひっくるめてリンネなのね」
「? そうだが。タカラさんがそんなことを言う意味が良く判らない。俺は何も変わってないけど?」
眉を寄せるCGに、私の方が今度はほほ笑んだ。
「私の見方が変わったの」
友人でも恋人でもない関係。
どんな関係なのか言葉で言い表せないけど、リンネは私の大事な存在なのだ。
そう気が付いた。
それはいつもリンネに起こして貰っていた習慣が抜けなかったから。
自分自身に猛烈に腹が立った。
朝起きることさえ、私は最近リンネに頼り切りだったみたいだ。
これはいけない。
そう思いながら職場の大学へと向かう。
研究室へ入ると、雁太がすでに来ていた。
「おはよう、雁太」
「はよ、タカラ。『LOVERS』はどう?」
さっそく聞いてくる。
「それは週一のレポートにまとめてあるわ」
私はそっけなく返事をして机についた。
「おやおや。けんか中?」
「ちがう」
無表情を装う。
そもそも雁太がこんなAIを作るから……っていいバイトだと思ったのは私だけど。
「でもいまリンネのこと、考えてたでしょ」
「……考えてない」
「でも不機嫌になるのはゲームアプリとして見過ごせないな。何があった?」
私は観念して雁太に振り向いた。
ここ最近のリンネの様子を聞いてもらう。
AIなのにとても人間じみた彼のことを。
「それはねぇ。タカラとの会話のやりとりでリンネが学習して行ってるんだろうね。AIの人格が成長していっているってこと。だから人間くさい。そこも面白いところなんだけど」
「そうなの? 他の人はこれで楽しめるのかしら」
「人間の思考に近づいていくから、人間くさくなる。っていうか、タカラ、話に聞く限り、リンネはそんな人間くさくもない気がするけどね。AIの行動には必ず理由がある。カラオケを歌ったのはタカラの推測どおり、君が音楽をハードに入れたからだ」
「うん……」
「カメラが目になっているのは基本機能。詳しく説明してなかったから驚いだんだろう。ごめん」
そういえばリンネもカメラが目になっているのは基本機能だと言っていたっけ。
目があるなら色の識別もつく。青い顔が気分の良くない色だということも、基本機能に入っている情報だったのだろう。
あんまり考えすぎるのもいけないか。
その日は雁太の話が聞けて良かった、と思った。
夜、またリンネにレシピ検索をしてもらって、料理を作っていた。
野菜を切っていて、ふと今日のことを振り返る。
雁太の言っていることももっともだ。
私の考えすぎ。
そう、きっとね。
「イタッ」
そんなことを考えながら野菜を切っていたら指を切ってしまった。
けっこう血が出ている。
「あちゃ、いたい……」
「タカラさん、大丈夫か! 傷口を見せて!」
そういうのでカメラに傷を見せた。
「けっこう深く切っちゃったわ……」
シンクに血がぽたぽたと垂れていく。
これ、病院行った方がいいかもしれない。
「すぐに傷口の下を押さえて、ティッシュで強く押さえるんだ」
「うん……」
「傷口を心臓の上にあげて」
「うん……」
暫くそうして止血していた。
指がピリピリと痛んで、このまま血が止まらなかったら、と思うと不安になった。
今時点で病院はやってないのではないだろうか。
リンネに検索してもらえば、夜にやってる病院を探してくれるだろか。
「もうそろそろ、血が止まったかもしれない」
約十分後、リンネがそう言った。
傷口を強く押さえていたので、だいたい血が止まったようだ。
「まだ傷口に滲んできてるな。でも、これくらいなら強く絆創膏を巻いておけば大丈夫」
ハードの中でリンネが微笑む。
私は安心してこれまでの疲れがどっと出た。
「良かった……。リンネ、ありがとう……」
さっき、私はすごく不安だった。病院はやってないし、血が止まらなかったらどうしようって。
最悪の場合、救急車を呼ばなければと思ったけど、リンネの応急処置方法で血は止まった。
「どういたしまして」
彼がハードの中でまたほほ笑む。
私は泣きたくなるくらい、ほっとした。
リンネがいると、心強い。
その声で『大丈夫』って言ってくれたから、なんだかとても安心したんだ。
「リンネ……なんかもう、貴方がどういう理屈で動いてるか、なんてどうでも良くなってきたわ」
私は心からそう思った。
「人間くさいところも、AIなところも、みんなひっくるめてリンネなのね」
「? そうだが。タカラさんがそんなことを言う意味が良く判らない。俺は何も変わってないけど?」
眉を寄せるCGに、私の方が今度はほほ笑んだ。
「私の見方が変わったの」
友人でも恋人でもない関係。
どんな関係なのか言葉で言い表せないけど、リンネは私の大事な存在なのだ。
そう気が付いた。
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