第16話 旅行のあとのダイエット

文字数 1,440文字

 北海道旅行から帰ってきてから、なんだか身体が重い。
 朝、顔を洗いがてら洗面所においてある体重計に乗ってみると、三キロも太っていた。
 
 ああ、あれか。カニやらメロンやらお菓子を食べすぎたらしい。
 
 北海道は食べ物が美味しいからね。

 洗面所から出てくると、居間の机に置いてあったリンネに声を掛けられた。
 最近は朝ごはんもリンネと一緒にとっている。

「なんだかまた顔色がわるい」

 さっそく彼に見抜かれる。

「あ、はは……大したことじゃないわ」

 本当に大したことじゃないしね。軽く笑って流そうとしても、リンネは追及してきた。

「どうしたんだ。とても深刻な顔をしていた」
「えーと。体重がちょっと増えてたから、今日からダイエットしようかなと思って」
「ダイエット? 必要ないと思うが。タカラさんは今でも十分標準体型だ」

 標準体型とか、そういう分析をしないで欲しい。
 それもリンネの目からの情報でわかるのだろう。

「でも、ね。やっぱりいつもの体重がちょうどいいから。朝ごはんは食べないでいいや。仕事に行く支度をするわ」
「ちょっとまて」

 リンネが厳しい声で私を引き止めた。

「飯を食べないのは、身体に悪い。昼飯を食べたあとに血糖値が上がりすぎるからだ。それにパワーも出ない。頭に糖が回らないから思考もにぶくなる。食べていくべきだ」

「……科学的な分析、ありがと。でももう行かなきゃ」

「タカラさん!」
「もう、リンネうるさいよ! 私が良いって言ってるんだからいいのよ。私の身体なんだから」

 そういうとリンネはプツン、とスリープ状態になってしまった。
 
「リンネ?」

 ハードの電源を入れても、背景になっている私の部屋の写真が写るだけで、リンネは表示されなかった。
 こんなこと、始めてだ。
 え? AIが怒ったの?
 
「リンネ、いるんなら返事してよ」

 そう言っても何の返事もない。
 
 とたんに沸き上がる不安感。

 ……何よ。リンネに『目』があるから悪いんじゃない。
 彼の目に、太った私なんて、見せたくなかったから。
 だからダイエットしようと思ったのに。

「リンネのばか!」

 私は大声を出してハードの電源を切った。



 仕事が終わってアパートに帰って来ても、私の心は晴れなかった。
 このことを雁太に言えなかったからだ。

 冷静に考えてみてAIの目が気になってダイエットを決意するなんて、理解されないだろうと思う。
 それが原因でAIと喧嘩したなんて。

「なによ……」

 今日の夕ご飯は一人で作ることになるのかしら。
 
 そう思いながらうつうつとした気分でキッチンに立つと、インターホンが鳴った。
 何だろうと思うと、宅配業者だ。
 
 北海道で郵送したお土産の品の、まだ自宅に届いていなかった分かしら。
 そう思って出てみると、宅配業者の人が、手にいっぱいのベルベットのような赤いバラの花束を持って、玄関に立っていた。

「こんにちは。藤堂 タカラさんですか」
「あ…はい」
「宅配です。すごいですね、このバラ。あ、ここにハンコください」

 私はあわてて印鑑を持ってきて、伝票に押した。
 
「誰からですか?」
「んー。伝票には『片桐 輪廻』様と書いてありますね」
「リンネ!?」

 びっくりだ。
 AIが花を贈ってきたなんて。

「大事にされてますね。では」

 宅配業者の人はにこにこと笑って私に花を差し出した。

 腕いっぱいの赤いバラを受け取る。
 その芳香が立ちのぼってくる。

 とてもいい香り。

 ――そういえば、今日は私の誕生日だった

 って、この花の代金はどうなっているの?


 
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