第22話 タカラの様子
文字数 1,706文字
翌日職場へ行って雁太に会うと、私は真っ先にリンネのことを話した。
「雁太。もうすぐリンネを返す時期だけど、彼、私が買い取れないかしら」
と。雁太は驚いて私を凝視して、ダメだ、といった。
さらに雁太は酷なことを言ってきた。
「予定よりも早く回収することになった。今、あのハードを持っているだろう? 返してくれないか」
「今?!」
突然のことに私は慌てふためく。
そんなこと、できない。
いまリンネと別れるなんて、できない。
「今日は家に忘れてきたの。明日もってくるわ」
そして、またきれいに嘘をついた。
私の様子を見て、雁太は腕を組んで溜息を吐く。
「タカラ……今すぐ返すんだ」
「だから、持ってないっていってるじゃない」
すると、雁太は心配そうな顔で私を見る。
「タカラ。何時から嘘のレポートを書いていた?」
「……は?」
私は真顔になった。
どうしてバレたんだ。
「何回か、君の妹のマツリさんから電話を貰っていた。さいきん姉の様子がおかしいと。ゲームに夢中になっていて、周りが見えなくなっている、と。姉に何を渡したんだと俺にとても怒っていた。」
「マツリ?! なんでマツリが雁太に電話を? 番号だってどうやって調べて……」
「どうとでも調べられるさ。大学に電話して、タカラの研究パートナーの高田雁太、といえば俺につながる」
「……」
言葉のない私に雁太は畳みかけるように言った。
「マツリさん、心配していた。俺だって自分が作ったゲームでタカラの行動がだんだんおかしくなって行っているなんて信じたくなかった」
「信じないでよ。私はおかしくない」
マツリのせいで、なんだか話がおかしくなってきている。
私はおかしくない。
普通にリンネと暮らしていただけだ。
「タカラ……リンネが誕生日を祝うとき、「ケーキをあげる」という基本機能は、無いんだ」
「え……?」
「それは、タカラ、君の嘘なんだろう? あの時も少しおかしいと思った。リンネはお祝いの言葉しか言わない。そのころから嘘のレポートを書いて、何をごまかしていたんだ」
「……」
私は目をむいて雁太を見た。
基本機能に入ってない? あんなに精緻なAIだから、誕生日のケーキくらい表示されると信じてた。それで、そんなに以前からバレていた?
「リンネは成長するんでしょ。基本機能に入ってないことだって出来るわよ」
「俺も最初はそう思った。でも、真相はリンネのメモリーカードを見れば、すべてわかる」
雁太の言うことは正論すぎて、言い逃れできない。
「君が書いて送ってきてくれたメールのレポートも嘘だったんだな」
「……」
なにも言えなくなって、私は真顔で雁太を見た。
雁太はそんな私を哀れそうに見る。
「一日だけやる。その間に心の整理をつけて、すみやかにリンネを俺に返してくれ」
「……わかったわ」
どうしよう。
ここは穏便に済ませるために返事だけはしておいた。
けれど、私に彼を返すことができるのだろうか。
「返せなかったら俺にも考えがある」
「……」
睨むように言われて、私は言葉が出てこなかった。
家に帰って来てから、すぐに彼をカバンから取り出す。
起動ボタンを押すと、彼が現れた。
いつもの琥珀色の瞳で私を見る。
「どうした? 何か焦っている顔をしている」
「ねえ、リンネ」
「なんだ」
いつものなめらかな彼の声が心地いい。
「雁太に明日リンネを返すように言われたわ」
「……離れてしまっても、俺はタカラさんがとても好きだったし、ずっとこれからも好きでいるよ」
「リンネは私達が離れてしまってもいいの?!」
「嫌だが、仕方がない……俺はAIだ。でも、どこにいても俺はタカラさんを想っている。どこにどんな風に生まれ変わっても。だって、タカラさんは名前の通り、俺の宝だから」
相変わらずの綺麗な顔で、嬉しいことを言ってくれる。
そんな彼のディスプレイを私は指でなぞった。
「ちょっとまた大学に行こうと思うの。いいことを考えたから。そうすれば私とリンネはずっと一緒にいられる」
「いいこと?」
「ええ。行きましょう。もう、大学には誰もいないわ」
そう、いいことをおもいついた――
そして、その晩が彼と一緒にいられる最後の晩になった。
「雁太。もうすぐリンネを返す時期だけど、彼、私が買い取れないかしら」
と。雁太は驚いて私を凝視して、ダメだ、といった。
さらに雁太は酷なことを言ってきた。
「予定よりも早く回収することになった。今、あのハードを持っているだろう? 返してくれないか」
「今?!」
突然のことに私は慌てふためく。
そんなこと、できない。
いまリンネと別れるなんて、できない。
「今日は家に忘れてきたの。明日もってくるわ」
そして、またきれいに嘘をついた。
私の様子を見て、雁太は腕を組んで溜息を吐く。
「タカラ……今すぐ返すんだ」
「だから、持ってないっていってるじゃない」
すると、雁太は心配そうな顔で私を見る。
「タカラ。何時から嘘のレポートを書いていた?」
「……は?」
私は真顔になった。
どうしてバレたんだ。
「何回か、君の妹のマツリさんから電話を貰っていた。さいきん姉の様子がおかしいと。ゲームに夢中になっていて、周りが見えなくなっている、と。姉に何を渡したんだと俺にとても怒っていた。」
「マツリ?! なんでマツリが雁太に電話を? 番号だってどうやって調べて……」
「どうとでも調べられるさ。大学に電話して、タカラの研究パートナーの高田雁太、といえば俺につながる」
「……」
言葉のない私に雁太は畳みかけるように言った。
「マツリさん、心配していた。俺だって自分が作ったゲームでタカラの行動がだんだんおかしくなって行っているなんて信じたくなかった」
「信じないでよ。私はおかしくない」
マツリのせいで、なんだか話がおかしくなってきている。
私はおかしくない。
普通にリンネと暮らしていただけだ。
「タカラ……リンネが誕生日を祝うとき、「ケーキをあげる」という基本機能は、無いんだ」
「え……?」
「それは、タカラ、君の嘘なんだろう? あの時も少しおかしいと思った。リンネはお祝いの言葉しか言わない。そのころから嘘のレポートを書いて、何をごまかしていたんだ」
「……」
私は目をむいて雁太を見た。
基本機能に入ってない? あんなに精緻なAIだから、誕生日のケーキくらい表示されると信じてた。それで、そんなに以前からバレていた?
「リンネは成長するんでしょ。基本機能に入ってないことだって出来るわよ」
「俺も最初はそう思った。でも、真相はリンネのメモリーカードを見れば、すべてわかる」
雁太の言うことは正論すぎて、言い逃れできない。
「君が書いて送ってきてくれたメールのレポートも嘘だったんだな」
「……」
なにも言えなくなって、私は真顔で雁太を見た。
雁太はそんな私を哀れそうに見る。
「一日だけやる。その間に心の整理をつけて、すみやかにリンネを俺に返してくれ」
「……わかったわ」
どうしよう。
ここは穏便に済ませるために返事だけはしておいた。
けれど、私に彼を返すことができるのだろうか。
「返せなかったら俺にも考えがある」
「……」
睨むように言われて、私は言葉が出てこなかった。
家に帰って来てから、すぐに彼をカバンから取り出す。
起動ボタンを押すと、彼が現れた。
いつもの琥珀色の瞳で私を見る。
「どうした? 何か焦っている顔をしている」
「ねえ、リンネ」
「なんだ」
いつものなめらかな彼の声が心地いい。
「雁太に明日リンネを返すように言われたわ」
「……離れてしまっても、俺はタカラさんがとても好きだったし、ずっとこれからも好きでいるよ」
「リンネは私達が離れてしまってもいいの?!」
「嫌だが、仕方がない……俺はAIだ。でも、どこにいても俺はタカラさんを想っている。どこにどんな風に生まれ変わっても。だって、タカラさんは名前の通り、俺の宝だから」
相変わらずの綺麗な顔で、嬉しいことを言ってくれる。
そんな彼のディスプレイを私は指でなぞった。
「ちょっとまた大学に行こうと思うの。いいことを考えたから。そうすれば私とリンネはずっと一緒にいられる」
「いいこと?」
「ええ。行きましょう。もう、大学には誰もいないわ」
そう、いいことをおもいついた――
そして、その晩が彼と一緒にいられる最後の晩になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)