第20話 病院の中で

文字数 1,250文字

 仕事をして家に帰って来ると、ずっとリンネと会話をしながら花に埋もれた部屋で過ごす。
 彼に教えてもらいながら料理をし、一緒に食べて。
 そんな生活が楽しすぎて。
 
 私は自分が相当に疲れていることに気が付かなかった。

 それに加えて、最近は研究室のスポンサーと打ち合わせも頻繁に行っている。
 アンドロイドをつくるという、途方もなく困難な計画だ。
 雁太も一緒に打ち合わせをしている。
 私たち二人でアンドロイドを作り上げるのだ。

 そのことで仕事が忙しかったというのもあるけれど。
 私は仕事が終わって、リンネと雑談しながら帰っているときに、足元がふらついた。
 
「あれ、なんか変……」
 
 頭がふらふらする。

「どうした、タカラさん。また顔色が悪い」
「うん……だい、じょ、……」

 大丈夫、と言おうとして、さらに頭がふらっとして。
 私はその場で意識を失った。


 
 気が付いた時には病院の白いベッドで横になっていた。
 白い壁、白い天井、腕には点滴の針が刺さっている。
 しばらくぼうっとしてたけど、会社の帰り道で倒れたんだと理解した。

 看護師さんがやってきたので、私は自分の状況を説明してもらった。

「過労で倒れたんだろうとのことです。あとで医師がくわしく説明してくれますよ」

 優しい声でそう言ってくれる。
 
「誰が救急車を呼んでくれたんですか?」
片桐輪廻(かたぎりりんね)という男性の方です。救急車が到着したころにはもうすでに姿が見えなかった、とのことで」

 彼が呼んでくれたのか。
 私は目頭が熱くなるのが分かった。

「私が持っていたスマホは、どこにあるんですか」
「横の棚の荷物入れに入っていますよ。でも、今スマホを見るのは駄目ですよ。あれは疲れますからね」

 そう言って看護師さんは去って行った。

 私は点滴のチューブに気をつけながら、棚を漁る。
 そこに、私がいつも持ち歩いているバッグが入っていた。
 中を掻きまわして彼を探す。
 幸いすぐに彼は見つかった。

 ハードの起動ボタンを押す。
 
 しかし、電源が入らなかった。
 
「リンネ!? どうしたの?」

 お礼を言いたくて彼に逢えないことに取り乱しそうになったけど、ふと気がついた。
 充電が切れているのだと。

 取り敢えず壊れたわけでは無いのでほっとしたけれど、彼がいない喪失感に打ちのめされそうになった。

 彼が救急車を呼んでくれたと看護師さんは言っていた。 
 私は命まで彼に救われたんだ。

 私はハードを抱きしめて、そしてそっとそれにキスをした。

「ありがとう、リンネ」

 心の底から感謝と愛しさが溢れてきて、涙が頬を伝った。


【六月のレポート 2】

【リンネの充電を切らしてしまいました。気を付けていたつもりだったけど、うっかりミスです。電気がないと動けないというのがちょっと難点ですね。でも、仕方がないですね。彼はAIなのですから】

自分で書いたレポートだけど、笑ってしまう。
物分かりのいいレポート内容だ。
何が「仕方がない」だ。
いま、私は彼と逢えなくて、気も狂わんばかりに寂しい。
早く退院して充電してあげなければ。



 
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