第55話 侵略

文字数 2,536文字

 カインははじめ不愉快そうにしたが、ふとある考えが過った。

「待て。この地へ来る前、と言ったな? 一〇〇〇年前に降臨した聖ユリアスと、この時代のお前。()()()()()()()()()()()なのか……?」
「先ほどの応用ですが、後継者と定めた子孫に、リウを通して私の魂全てをその子孫の〈魂〉に取りつかせ、元々あった子孫の〈魂〉を喰う。そうすれば、身体だけ新しく〈魂〉は同じままでユリアスは新生できる。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()います」

「何も知らないままの、実の子供をずっと喰ってきたのか……反吐が出るな」
 思わず毒づいた。イブはユリアスによって、浄化装置にされていただけでなく、文字通り食い物にされてきたのだ。ユリアスは意に介さず、口角を片側だけ釣り上げてみせる。

「実の子供と仰いましたが、その場合は例外でね。子孫のうち、()()()()()()()()()()()は、法王領から出ても同様のことが出来ます。つまり、大陸中どこに居ても、彼らの見ているものは私にも見え、その思想を支配することも、身体を奪うことも出来る。最も利便性の良い者。遠隔可能な操り人形、という訳です」

 この話を聞いた時、カインの脳裏に思い当たる記憶がいくつも浮かんだ。帝国でのロウの言動、アウレリアの話、学術都市コラーダでの帝国兵からの報告。

『あー……オレは捨て子なんだよねェ。姐さんと縁があって知り合ってから、帝国に来て『誓い』を立ててから帝国民になったんだ。』
『私は、代々ユリアス様を襲名している血筋の、分家の出身でして。ユリアス様の後継者候補として期待されて生まれて来ました。後継者になるためには、神子で、青髪で、青い瞳をしている事が必要です。しかしこのように全く、条件外の見た目で生まれてしまいました』
『従者の男が殺したと言われている様です。それ以外、考えられないと……』


 カインは怖々と、それを口にした。

「ロウと、アウレリアは……お前の子供か? まさか、ロウの身体を動かして、お前がマキナを殺したのか」
 この瞬間、ユリアスはこれまでで最も喜びに満ちた笑みを浮かべた。

「どうして! どうして殺したの!」
 同時に、クリスティがほとんど泣きながら、悲嘆の叫びをあげた。クリスティにとってマキナとロウは、特別な存在だ。彼らとの関わりを経てようやく、声を取り戻したほどに。マキナの事を姐さん、と呼んであれだけ慕っていたロウが、その手でマキナを殺してしまった。本人の気持ちを想うとあまりにやりきれなかった。

 一方のユリアスは、笑いを堪えるように、口の前を手のひらで隠しながら喋った。
「自らの子供を、次のユリアスとして仕立て上げることで、法王領の庇護を受けようとする女性は山ほどいます。しかし『ユリアス』となる条件は厳しい。神子であり、美しく、青い髪と瞳を持つこと。ユリアスと成れなかった子供たちの親は、用済みになった彼らを虐待したり、捨てることも珍しくない。そうした内のひとりが、ロウだった」
 カインが怒りを堪えるように拳を握り込んだ。捨て子であるロウの本当の親は、ユリアスだった。その繋がりが、今の状況を生み出した。ユリアスの表情は、徐々に狂気を帯びていった。自身の行いを吐露するごとに、笑顔は歪んでいく。

「マキナは、皇女という身分ながら、才能もあり聡明な女性でした。ロウの中に私が居座っている事も知っていたし、我々の動きにいち早く勘付いて、手を打って来た。彼女の存在は危険だったのです。だから全てが整え終わったあの日に、()()()()()殺しました」
 悪魔の所業だった。マキナ達が帝国に滞在している間に、ユリアスがロウの身体を乗っ取り、マキナを殺害した。先日カイン達がユリアスと謁見した際に、こちらの動向を詳しく知っていたのも、ロウを通して見張っていたから、ということなのだろう。クリスティが力なく項垂れ、カインは舌打ちをする。敵に囲まれた状況下では、その程度のことしか出来なかった。


「話は終わったのか? ユリアス」
 ユリアスから衝撃的な話が続いたところへ、別の男の声が掛けられた。そこに立っていたのは、予想だにしない人物だった。

「……陛下……?」
 カインは、あまりのことに愕然としてしまった。ハイデンベルグ・エルムサリエ。今まさに法王領と戦争をしている、敵対国の皇帝が、この場に現れてユリアスと言葉を交わしている。皇帝はマキナを通して《首喰い》の対処を行ってくれ、実質的に味方と言っていい存在のはずだった。

 ハイデンベルグは、カインの顔を見た途端、堪えきれないというように嘲笑った。

「あっはは! 良い顔だな! 我らに逆らおうなんて考えるからそうなる。お前達、イブの下等民族どもにはもう、逃げ場など無いんだよ!」

 威厳の溢れる老成した顔が、下品に歪んだ姿を見て、カインは察した。
 こいつは、ユリアスと同じだ。

「分かったみたいですね。彼女は〝劫火(ごうか)〟。現在まで残った、私の唯一の同士です。彼女は、この()()の為にエルムサリエ皇帝一族を乗っ取る使命を帯びていたのですが……」
 ユリアスが話をするなか、〝劫火〟は面白くてたまらない、といった様子で続きに割り込んで話し始めた。
「正直助かったよ! 皇帝一族は警戒心が強くてさ! 一〇〇〇年も隙が無いものだから、仕方なくタン・キエムに潜伏していたら、ベネデットが王族たちを粛清しちゃうし。今まで以上に帝国に付け入るスキが無くなっちゃって。でも、君たちが来て奴を倒してくれたから、私の子孫も開放された。そしたら、帝国からベネデットの心臓を献上しろって連絡が来て……。知ってた? この皇帝、長生きの為に、強者の()()()()()スキモノだったんだよ。ここしかねえと思って、心臓をアタシの子孫のものと入れ替えてやって、それで、今こうってわけ!」
 ぎゃはは、という下卑た笑いが、生気のない区画内に木霊する。〝劫火〟というこの女は、皇帝に献上する心臓を、自分の子孫のものと入れ替えることで、皇帝の身体を乗っ取ってしまった。

 青い顔の住民たちが大勢立つ前で、狂って笑う〝劫火〟と、勝ち誇っているユリアスが全てを支配している、異様な空間だった。カインは、下唇を出血する程噛みしめて、この屈辱を耐えていた。
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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