第29話 神なき大砂漠、ロンゴミアント

文字数 2,594文字

 エペト・グラムからまっすぐ北西へ進むと、ロンゴミアント大砂漠が現れる。大陸の北部はその半分が砂漠地帯だが、ロンゴミアントは特に過酷で、そして貧しい。砂漠では強い日射と乾燥に苛まれる。砂嵐や、〝雨〟が降れば鉄砲水となる危険もある。好んで訪れる人間はほとんど居ない。
 エペト・グラムで、〈剣の神子〉からという支援品や、帝国から積載してきた砂漠越え用の荷物は駱駝(らくだ)に移しておいた。騾馬(らば)の蹄は砂漠に適さず、北部では駱駝を使用する方が一般的だ。

 一面平坦な砂が広がり、それ以外には何もない景色が続くなかを、旅商団の面々が無言で行く。駱駝にはなるだけ多く水を載せ、人間は砂地の上を歩く。クリスティだけは年齢から考えても水分消費が怖いので、駱駝の上だ。

「砂漠越えは初めて?」
 気力を節約する為だろう、マキナが淡々とした声で聞いてきた。
「いや、ラング地方には一度ある。砂漠に集落があった頃にはな」
 カインもまた、普段よりは抑揚のない声で答えた。
 
 ロンゴミアント大砂漠はかつて、神剣を所持する集落がナズ、ラング、スクリミルという名で三つ存在したが、数年前に《神子殺し》によって全て滅ぼされた。住人が少ない土地だけに、わざわざ襲われる危険は少ない、と思われていた中での出来事だった。襲撃以降、三本の神剣は行方が知れないままとなっている。

 今回の視察で訪れるのは、大砂漠のうち南部に位置する、ナズという地方だ。エペト・グラムから位置的に近い。だが砂漠を超えるには日数を要する。陽が落ちるまでは砂に足を取られつつ歩き、夜になれば天幕を張って食事と就寝。その繰り返しで少しずつ進んでいった。


 エペト・グラムから砂漠越えをして半月が経った。この頃には砂漠の環境に慣れ、団員たちにも余裕が出てきた。陽が沈むと、歌や踊りをする者も居た。数日前に目的のナズ地域に入った。集落跡を巡って手掛かりを探したが、やはりというべきか、神剣は見つける事が出来なかった。

「明日、引き返すらしいッす」
 ロウがやってきて、至極残念そうに報告した。カインとクリスティは団員たちの宴からは少し距離を取って座っていた。
「喜んでる。いつも、本音と逆の顔、するから」
 クリスティが悪戯っぽく言うと、ロウはばつが悪そうに苦笑した。彼女の声は、今や会話ができるほどに回復している。不思議とマキナ達と知り合ってから症状が改善に向かっているように感じられた。
「神剣は見つからなかったな」
 カインがそう言ってから、芋を潰して作った餅状の飯を口に含んだ。
「そうッすね。砂に埋もれたか、誰かが拾って闇市場に流れたか、法王領が隠しているか……その辺ですかねェ」
 ロウの返答に咀嚼しながら頷く。神剣は欠片の状態でさえ、《首喰い》がつけ狙う程なので、もしも剣そのものが市場に出回ったとすれば、途方もない金額になるだろう。どこかの国で買い取って隠しているのかもしれない。

 砂漠は〝雨〟が降りにくいせいか、際立って美しい星空のもと、旅商団の歓声が響いている。





 夜が更け、団員たちが寝静まった頃。天幕が並ぶ中で、小柄な人影が動いていた。影は、天幕のうちの一つを定め、入り口の布を短刀で音もなく引き裂く。侵入を果たした。家人達が寝ている脇に、彼らが身に着けている雑嚢が置かれているのを見つける。影はほくそ笑んで、雑嚢に手を掛けた。

「動かないで」

 その瞬間、影の首元に短剣の刃が添えられた。声の主は桃色の髪を持つ少女。毛布から身を乗り出して、剣呑な瞳で見つめている。

 クリスティは夜分に現れた刺客の首に、短剣を向けていた。侵入者の正体は、年端もいかない少年だった。ぼろぼろの布切れのような服を着て、やせ細っている。武器も短刀以外には見当たらない。
 すると、短剣が向けられたままにも拘らず、少年は手を伸ばしていた雑嚢をひったくると、一目散に逃げだしてしまった。

「! 待て!」
 クリスティはすぐに布団から抜ける。カインを呼ばなければ、と思った時には、不機嫌そうな顔をしたカインが剣を片手に起き上がっていたので、そちらは構わず少年を追って駆け出す。
 砂漠の上をひたすら走る少年の後には、砂地を走るために砂埃が上っている。見失わずには済みそうだが、どこへ逃げるつもりだろうか。あの少年はどこからやって来たのか。近隣の国としても遠すぎる。

 ふと、立ち上っていた砂埃が止んだ。クリスティは驚き、少年の影を最後に見た地点まで駆け付けたが、砂丘の山があるだけで何もない。そこへ、不機嫌を顔に張り付けたままのカインがやって来て、砂丘の山をじっと見る。おもむろに砂丘に手を突っ込むと、ギイ、という音が鳴った。
「えっ?」
「砂丘に飛び込むのが見えた。どうやらここに洞窟があるらしい」
 カインは、内部をぺたぺたと触って感触を確かめ、腕を引き抜いた。扉を押して中へ入っていく。クリスティはその後を続いた。不思議と、砂丘の山から砂が落ちて、入り口が埋まるという事がない。

 扉から内部に入って納得したのは、洞窟の天井が相当高い。元々砂丘なのではなく、そう見せかけているだけなのだろう。洞窟内は形を整えた程度ではあるが階段があり、地下へと続いている。ふたりは無言でその階段を降りていく。少しすると通路から開けた空間に出る。石作りの住居が点在する小さな集落があった。

「これって……」
「隠れ里か」
 クリスティが驚くのに応じるように、カインが呟いた。
 
 階段を降り切る。住居街の入口より手前に、住民らしき者たちが武器を持って待ち構えていた。ひとり、壮年くらいの痩身の男が前に進み出る。

「客人よ、何用でここへ参ったか?」

 痩身の男は外見に比べ、丁寧ではあるがやや古臭い言葉を使ってきた。

「何用? お前の所の手癖が悪い子供が、俺の連れの荷物を奪ったから追ってきただけだ」
 対してカインは、語気荒く答えた。それを聞いて、はっとしたように住民たちが周囲を探り始め、何かを叫んでいる。やがて、先ほどの少年がおそるおそると言った様子で姿を現した。痩身の男は少年が持っていた雑嚢を奪い取り、こちらへ差し出した。

「すまなかった。我々の生活は厳しい。盗みをせねば生きられぬ子も居るのだ」
 痩身の男がそう言うのを、「知るか」とだけ返したカインが、雑嚢を取り上げてクリスティに渡した。クリスティは、中身に手を付けられてないか開いて確認する。
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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