第18話 わたしもいるから
文字数 1,674文字
シャーロットが悲鳴をあげて身を屈めた。クリスティが慌ててそばに駆け寄る。庇うようにして片手が背中に回され、もう片手で神剣に触れる。目の前で繰り広げられている、付け入る余地もない化け物じみた戦い。当人たち以外は、行方を見守るしかなかった。
黒鎧と白い男はひとしきり戦ったが、ある瞬間に悟ったように白い男の方が身を引き、飛び退いた。跳ねるようにして部屋の入り口まで飛び、降り立つ。顔を歪めてからぐいっと笑う、あの特徴的な笑みを浮かべた。
「今日は退きます。またお会いしましょう。〝雨〟の日に」
それだけ言うと、白い男は翻って立ち去る。黒鎧の男は脇目もふらず、後を追っていく。カインも後を追おうとはしたが、痛む身体は引きずるのがやっとだった。口内に血が染みてきて煩わしくなり、吐き捨てた。
住人の誘導を終えたのか、マキナとロウがようやく姿を見せた。惨状を見たとたん短く悲鳴をあげる。
「お、おい、カイン! 大丈夫か?」
ロウが慌てて駆け寄ろうとしたのを、カインは手で制した。満足に動かせない身体を動かし、うずくまっているシャーロット達のもとへ歩き、かがみ込む。
すると突如、シャーロットの胸ぐらを掴んで、ぐいと掴みあげた。
「おい!」
「ちょっ……!」
驚愕して、ロウとマキナが止めに入ろうとした。しかしカインは至って冷静な声色で、シャーロットに語りかけた。
「何で、抵抗しなかった? 確かに俺は倒れたが、数刻でも時間が稼げれば、助かる可能性もあるだろう。今回は運良く、あの黒鎧の目当てが違ったようだが」
シャーロットは困惑したあと、目を伏せる。カインが吹き飛ばされた際、黒鎧が剣を振り上げた時、シャーロットは何ひとつ抵抗の意思を示さなかった。
「……お前が死にたいのは勝手だが、その肩に何人の命が乗せられているか、分かるか? その時、人々がどれくらい苦しい想いをするか想像できるのか。今も、お前の代わりにクリスティが命を消費している。〈剣の神子〉でも、そうでなくても、生きている奴は何かしら負っていて、そう簡単に死ぬ事は出来ん。残念ながらな」
淡々と言い諭すようにしていたが、カインはふと、心配そうな瞳を向けるクリスティを振り返った。
「それに、クリスティの……仲間だ、と言っていただろう。だから、俺は死んでほしくはない。この子もきっとな。……苦しみはあるが、もがいて生きろ。お前の苦しみに抗う方法は、他にある筈だ」
襟の根を解くときは、掴む際と正反対にむしろ気遣うように、ゆっくりと離した。シャーロットが俯いていると、その下がった視線に割り入るようにしてクリスティが懐に入ってきた。神剣には触れたまま、空いている方の手を伸ばして、シャーロットの手を握った。クリスティは何かを訴えかけるように見つめてから、静かに言った。
「わたしも、いるから」
シャーロットは死にたいと、常日頃から思っていた。〈剣の神子〉になったことは、首長の娘として生まれ、将来を期待されていたシャーロットにとって不幸だった。年数を重ねるうちに聴力も失った。この先も剣に縛られて生きなければいけない事実に絶望していた。だから、生きる事を諦めた。機会さえあればいつでも死ぬつもりで、日々を浪費していたのだ。
クリスティが片手で触れてくれている、神剣にゆっくりと近付く。神剣の柄を両手でしっかりと握りこみ、それを基点に身体を起こして立ち上がった。──目の前の友人を、自分を慈しみ、育ててくれた人々の命を守る。今はそれだけでも、立たねばならなかった。
カインは見届けて、倒れている騎士達の介抱に取り掛かった。クリスティも神剣から手を離して、少しだけ切なそうに笑う。
「……大丈夫かな。とりあえず、この騎士達を何とか助けよう」
顛末を見守っていたマキナは複雑そうな表情を浮かべていた。意識を失っている騎士達のもとへ向かっていく。傍らのロウも、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「カイン。アンタ、なら……」
ロウの口からぼそり、と落とされた言葉は、誰にも気付かれることはない。何事もなかったように、マキナに続いた。
黒鎧と白い男はひとしきり戦ったが、ある瞬間に悟ったように白い男の方が身を引き、飛び退いた。跳ねるようにして部屋の入り口まで飛び、降り立つ。顔を歪めてからぐいっと笑う、あの特徴的な笑みを浮かべた。
「今日は退きます。またお会いしましょう。〝雨〟の日に」
それだけ言うと、白い男は翻って立ち去る。黒鎧の男は脇目もふらず、後を追っていく。カインも後を追おうとはしたが、痛む身体は引きずるのがやっとだった。口内に血が染みてきて煩わしくなり、吐き捨てた。
住人の誘導を終えたのか、マキナとロウがようやく姿を見せた。惨状を見たとたん短く悲鳴をあげる。
「お、おい、カイン! 大丈夫か?」
ロウが慌てて駆け寄ろうとしたのを、カインは手で制した。満足に動かせない身体を動かし、うずくまっているシャーロット達のもとへ歩き、かがみ込む。
すると突如、シャーロットの胸ぐらを掴んで、ぐいと掴みあげた。
「おい!」
「ちょっ……!」
驚愕して、ロウとマキナが止めに入ろうとした。しかしカインは至って冷静な声色で、シャーロットに語りかけた。
「何で、抵抗しなかった? 確かに俺は倒れたが、数刻でも時間が稼げれば、助かる可能性もあるだろう。今回は運良く、あの黒鎧の目当てが違ったようだが」
シャーロットは困惑したあと、目を伏せる。カインが吹き飛ばされた際、黒鎧が剣を振り上げた時、シャーロットは何ひとつ抵抗の意思を示さなかった。
「……お前が死にたいのは勝手だが、その肩に何人の命が乗せられているか、分かるか? その時、人々がどれくらい苦しい想いをするか想像できるのか。今も、お前の代わりにクリスティが命を消費している。〈剣の神子〉でも、そうでなくても、生きている奴は何かしら負っていて、そう簡単に死ぬ事は出来ん。残念ながらな」
淡々と言い諭すようにしていたが、カインはふと、心配そうな瞳を向けるクリスティを振り返った。
「それに、クリスティの……仲間だ、と言っていただろう。だから、俺は死んでほしくはない。この子もきっとな。……苦しみはあるが、もがいて生きろ。お前の苦しみに抗う方法は、他にある筈だ」
襟の根を解くときは、掴む際と正反対にむしろ気遣うように、ゆっくりと離した。シャーロットが俯いていると、その下がった視線に割り入るようにしてクリスティが懐に入ってきた。神剣には触れたまま、空いている方の手を伸ばして、シャーロットの手を握った。クリスティは何かを訴えかけるように見つめてから、静かに言った。
「わたしも、いるから」
シャーロットは死にたいと、常日頃から思っていた。〈剣の神子〉になったことは、首長の娘として生まれ、将来を期待されていたシャーロットにとって不幸だった。年数を重ねるうちに聴力も失った。この先も剣に縛られて生きなければいけない事実に絶望していた。だから、生きる事を諦めた。機会さえあればいつでも死ぬつもりで、日々を浪費していたのだ。
クリスティが片手で触れてくれている、神剣にゆっくりと近付く。神剣の柄を両手でしっかりと握りこみ、それを基点に身体を起こして立ち上がった。──目の前の友人を、自分を慈しみ、育ててくれた人々の命を守る。今はそれだけでも、立たねばならなかった。
カインは見届けて、倒れている騎士達の介抱に取り掛かった。クリスティも神剣から手を離して、少しだけ切なそうに笑う。
「……大丈夫かな。とりあえず、この騎士達を何とか助けよう」
顛末を見守っていたマキナは複雑そうな表情を浮かべていた。意識を失っている騎士達のもとへ向かっていく。傍らのロウも、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「カイン。アンタ、なら……」
ロウの口からぼそり、と落とされた言葉は、誰にも気付かれることはない。何事もなかったように、マキナに続いた。