第44話 学術都市、コラーダ
文字数 2,215文字
北部・法王領から南北の境界線を越え、交易都市リットゥも過ぎ、南下。アルマス跡地より北にコラーダはある。
コラーダといえば、カイン達の首に賞金をかけ、長年追いかけ回していた国だ。ハイデンベルグ皇帝と約束した通りであれば、マキナの護衛を完遂したので、懸賞金は取り下げられている筈だ。
門番兵の態度は不躾極まりなく、こちらに憎しみの篭った視線を向けてくる程だったが、入国自体は止められなかった。どうやら、首に掛かった賞金は無事下げられたようだ。
コラーダは、〝学術都市〟の異名をとるように、大陸史や戦術を学ぶ者たちに向けて発展を続けている都市だ。立地的にもマリウス大河の恵みのもとで資源が豊富にあり、紙や羊皮紙の産出が盛んだったこの国。大陸で唯一、国立の大図書館を有している。
図書館は文書の持ち出しは出来ないものの、館内であれば好きなだけ読む事が許されている。これはラフェトゥラ大戦の反省から来ているもので、国自体に何か価値を持たせる事で、帝国や隣国からの支援を受け、生き残ろうという戦略のひとつだ。お陰で今は数国との同盟があり、エルムサリエ帝国の兵も街中に滞在している。
貴重な文献を多く保存しているこの地であれば、コルヴァについて、またカインの件についても何か手掛かりが見つかるかもしれない。
コラーダの門をくぐって、真っすぐ図書館に向かったふたり。図書館に入って一番に目に入ったのは、所狭しと収納された文書と書物。天井まで伸びる書棚にぎっちりと文書が詰まっている。
カイン達は互いに離れないよう気を付けつつ、蔵書目録と本棚を行き来し、目ぼしい文献を漁っていった。資料盗難を防ぐため配備された兵士たちが目を光らせる中、取り出した文書を机の上に重ねて、読み合わせて情報を共有していった。
「《神子殺し》は、三年間で九の国を滅ぼしてる」
クリスティが、本を片手に地図を指差しながら言った。
「そのようだな。アルマスの後に、グンロギを滅ぼして、次にロンゴミアント大砂漠、アスカ、ジョーユーズ、コルーテナ。ゾルファガ、アークフォート……ドゥリンダナ」
国名を呟きながら、地図上を順に追っていく。この地図は数年前に作られたものだが、今となっては滅びた国ばかりで、正確なものではなくなってしまった。
「エルムサリエ帝国の近くと、大河上流付近の国が多いな。先日、トリアも襲撃があったが……。あとは聖地レ・ユエ・ユアン付近の国」
大陸中央に広がる〝雨〟の止まない土地、聖地レ・ユエ・ユアン。当然だが、人が近づく場所ではないものの、聖ユリアスの教えを信仰する者たちにとっては、巡礼地のひとつでもある。
「レ・ユエ・ユアン……」
カインは怪訝な顔をして、しばし考えこんだ。そこへ、クリスティが呟く。
「前にマキナが、レ・ユエ・ユアンについて、話してたね。入った事があるって」
──『聖地といえば、小さい頃にレ・ユエ・ユアンに入った事あるんだよね。さっきの、研究に同行した一環でさ』
『途中までは〝雨〟しかなくて暗いのだけど、途中から何か、明るいふわふわした空間が見えた……気がしたんだ。でも、すぐに消えてさ。幻覚なのか、それか神様のお力なのかもね』──
「神……」
カインはふと、手元に積み重なっていたうちの一冊を手に取る。それは、聖ユリアスとその教えに関する経典だった。本の中から端紙のような小さな紙がするり、と滑り落ちる。カインはその紙にある、落書きのような記述が目に留まった。
瓶付めの中に、薬包に包まれた薬や煎じて飲むための薬が満杯に詰まっている絵。一見子供の絵のように見えるが、カインには明確な心当たりがあった。
改めて端紙を手に取り、目を通す。落書きの裏にまた小さく別の文章がある。大変分かりにくい記述だが、どうやら何かの場所を示しているようだった。恐らくは、ここ、コラーダのものだ。
「クリスティ。行くところが出来た。すぐに出よう」
「えっ?」
さっさと片付け始めてしまうカインに、クリスティが大層困惑しながらも手伝い始める。
カインは柄にもなく衝動的に動き出したが、予感があった。あの絵は、彼女が人より感覚が鋭敏で、常に異様な量の服薬をしている事を知っていなければ、意味を理解できない。要するに、彼女の知人か、彼女と旅路を共にすることを前提に書かれた絵なのだ。
もっと言えば、マキナはそうなる事を知 っ て いた。もしくは、そう仕向けた。
カインは、コラーダの兵士たちに怪しまれないようここでの言及は避けたまま、クリスティを伴って図書館を後にした。
端紙に書き記されていた場所に辿り着くと、そこには鍵がかかっている空き家があった。人が住む為というよりは、倉庫のような簡易な建物だ。
「カイン、ここ? 鍵が掛かってる」
「ああ」
無理やり連れだされたクリスティはやや不服そうに口を曲げ、目の前の状況に文句を言いたそうにしていた。
だがカインはそんな彼女を気に留めず、軽く周囲を見回してから剣を抜く。え、とクリスティが言った時には、鍵の細い部分を目掛け、力ずくで剣を斬り下ろしていた。金属製のはずの錠が真っ二つに割れて、かーん、という音とともに落下する。
「何やってるの?」
「大丈夫だ。人が居ない事は確かめて壊した。入るぞ」
カインは何事もないような顔をしたまま、建物内へ入っていってしまう。あの
コラーダといえば、カイン達の首に賞金をかけ、長年追いかけ回していた国だ。ハイデンベルグ皇帝と約束した通りであれば、マキナの護衛を完遂したので、懸賞金は取り下げられている筈だ。
門番兵の態度は不躾極まりなく、こちらに憎しみの篭った視線を向けてくる程だったが、入国自体は止められなかった。どうやら、首に掛かった賞金は無事下げられたようだ。
コラーダは、〝学術都市〟の異名をとるように、大陸史や戦術を学ぶ者たちに向けて発展を続けている都市だ。立地的にもマリウス大河の恵みのもとで資源が豊富にあり、紙や羊皮紙の産出が盛んだったこの国。大陸で唯一、国立の大図書館を有している。
図書館は文書の持ち出しは出来ないものの、館内であれば好きなだけ読む事が許されている。これはラフェトゥラ大戦の反省から来ているもので、国自体に何か価値を持たせる事で、帝国や隣国からの支援を受け、生き残ろうという戦略のひとつだ。お陰で今は数国との同盟があり、エルムサリエ帝国の兵も街中に滞在している。
貴重な文献を多く保存しているこの地であれば、コルヴァについて、またカインの件についても何か手掛かりが見つかるかもしれない。
コラーダの門をくぐって、真っすぐ図書館に向かったふたり。図書館に入って一番に目に入ったのは、所狭しと収納された文書と書物。天井まで伸びる書棚にぎっちりと文書が詰まっている。
カイン達は互いに離れないよう気を付けつつ、蔵書目録と本棚を行き来し、目ぼしい文献を漁っていった。資料盗難を防ぐため配備された兵士たちが目を光らせる中、取り出した文書を机の上に重ねて、読み合わせて情報を共有していった。
「《神子殺し》は、三年間で九の国を滅ぼしてる」
クリスティが、本を片手に地図を指差しながら言った。
「そのようだな。アルマスの後に、グンロギを滅ぼして、次にロンゴミアント大砂漠、アスカ、ジョーユーズ、コルーテナ。ゾルファガ、アークフォート……ドゥリンダナ」
国名を呟きながら、地図上を順に追っていく。この地図は数年前に作られたものだが、今となっては滅びた国ばかりで、正確なものではなくなってしまった。
「エルムサリエ帝国の近くと、大河上流付近の国が多いな。先日、トリアも襲撃があったが……。あとは聖地レ・ユエ・ユアン付近の国」
大陸中央に広がる〝雨〟の止まない土地、聖地レ・ユエ・ユアン。当然だが、人が近づく場所ではないものの、聖ユリアスの教えを信仰する者たちにとっては、巡礼地のひとつでもある。
「レ・ユエ・ユアン……」
カインは怪訝な顔をして、しばし考えこんだ。そこへ、クリスティが呟く。
「前にマキナが、レ・ユエ・ユアンについて、話してたね。入った事があるって」
──『聖地といえば、小さい頃にレ・ユエ・ユアンに入った事あるんだよね。さっきの、研究に同行した一環でさ』
『途中までは〝雨〟しかなくて暗いのだけど、途中から何か、明るいふわふわした空間が見えた……気がしたんだ。でも、すぐに消えてさ。幻覚なのか、それか神様のお力なのかもね』──
「神……」
カインはふと、手元に積み重なっていたうちの一冊を手に取る。それは、聖ユリアスとその教えに関する経典だった。本の中から端紙のような小さな紙がするり、と滑り落ちる。カインはその紙にある、落書きのような記述が目に留まった。
瓶付めの中に、薬包に包まれた薬や煎じて飲むための薬が満杯に詰まっている絵。一見子供の絵のように見えるが、カインには明確な心当たりがあった。
改めて端紙を手に取り、目を通す。落書きの裏にまた小さく別の文章がある。大変分かりにくい記述だが、どうやら何かの場所を示しているようだった。恐らくは、ここ、コラーダのものだ。
「クリスティ。行くところが出来た。すぐに出よう」
「えっ?」
さっさと片付け始めてしまうカインに、クリスティが大層困惑しながらも手伝い始める。
カインは柄にもなく衝動的に動き出したが、予感があった。あの絵は、彼女が人より感覚が鋭敏で、常に異様な量の服薬をしている事を知っていなければ、意味を理解できない。要するに、彼女の知人か、彼女と旅路を共にすることを前提に書かれた絵なのだ。
もっと言えば、マキナはそうなる事を
カインは、コラーダの兵士たちに怪しまれないようここでの言及は避けたまま、クリスティを伴って図書館を後にした。
端紙に書き記されていた場所に辿り着くと、そこには鍵がかかっている空き家があった。人が住む為というよりは、倉庫のような簡易な建物だ。
「カイン、ここ? 鍵が掛かってる」
「ああ」
無理やり連れだされたクリスティはやや不服そうに口を曲げ、目の前の状況に文句を言いたそうにしていた。
だがカインはそんな彼女を気に留めず、軽く周囲を見回してから剣を抜く。え、とクリスティが言った時には、鍵の細い部分を目掛け、力ずくで剣を斬り下ろしていた。金属製のはずの錠が真っ二つに割れて、かーん、という音とともに落下する。
「何やってるの?」
「大丈夫だ。人が居ない事は確かめて壊した。入るぞ」
カインは何事もないような顔をしたまま、建物内へ入っていってしまう。あの
怪力
、普段は隠している筈なのだが。クリスティは半ば呆れつつ、後に続く。