第11話 赤毛の道化師

文字数 2,849文字

 神剣のあった地に立ち尽くしていた所で、後方から近づく足音が耳に入った。カインはすぐさま剣を抜き、背後を振り返る。
 まだ輪郭がはっきりしない距離で、集団がこちらに向かってきている姿を見た。人数は複数で、騾馬も混じっている。だが、敵意があるわけではなく、のんびりとこちらへ近付いている様子だ。
 
 しばらくしてカインは相手が誰なのかを察して、一旦剣を降ろした。クリスティはこちらへ向かってくる相手に驚いているようだったが、カインの背の後ろに隠れた。

「やあやあ。また会ったね」
 燃えるような赤毛。場所に似合わない気軽さで声をかけてきたのは、マキナ。現れたのはやはり、彼女の旅商団だった。

 カインはマキナを無言のまま睨む。今度は敵意を隠さなかった。ここは滅んだアルマスの跡地で、何もない。わざわざここへ来る行程を取るなど有り得ない。いくら出資者だからといって、そのような指示に従っていては団員の命が持たないだろう。
 このマキナという人物はただの金持ちではない。その様子を感じ取ってか、騾馬の間を縫ってロウの金髪頭がひょっこりと現れ、マキナを守るようにして斜め後方に陣取った。

「何のつもりだ。俺達を、このアルマスの墓場まで追ってくる程の理由があるのか」
 カインが問えば、すぐさまマキナは口を開いた。

「そうだね。知っているんだ。そこのお姫様が『アルマス』の欠片持ちの神子で、賞金首ってやつ。今の名前も本名じゃないよね?」

 そう言われた瞬間、カインは剣を抜き、マキナに向かって横凪ぎした。対して、そばに控えていたロウがすぐさま短剣を構え、彼女を守るように前に出た。刃同士が交わる音が劈き、両者は睨みあった。ロウは普段の姿と打って変わって、鋭い殺意を滾らせていた。青い瞳がこちらを凝視し、寸分も揺れ動かない。

「ロウ」
 マキナが、引くように、という意で平坦と声を放った。カインとロウは互いに警戒を解かないままで、組み合っていた刃を離し、ゆっくりと後退した。

「すまなかったね。……そうだな、まずは私の事から話そう。私は三年前、訳あって隣のコラーダに滞在していた。その当時にアルマスが消えた話と、君たちが逃げたって話を小耳に挟んだから、事情を知っているだけ。首を獲る気はないよ。今は、カインとクリスティ、と名乗っているんだね」
 カインは何も言わず金眼をぎょろりと回し、マキナをじっと見つめる。その迫力に、後ろで行方を見守っている旅商団の団員たちが怯えていた。

「私達がどうしてここまで、君たちに拘るか。それは、君たちが神剣を探しているように見えたからだよ。故郷を滅ぼした犯人を捜すとしたら、どうしたって神剣が鍵になるでしょう」
 そういうと、マキナは団員に指だけで何かを指示し、積み荷の中身を引っ張り出させる。

「私の団の積み荷は、交易品もあるけど、一番は

なんだ。私の〝雨〟を察知できる力を使って、〝雨〟の降る街に向かっては、滅びてしまった街の人々を弔いつつ、置き去りになった神剣を回収している。だから私達に同行することは君らにとって都合がいい。」
 団員が持ち上げたのは、古びた大剣だった。見たところ確かに、神剣『アルマス』と似通った姿をしている。

「これは神剣『ゾルファガ』。数日前にやられてね……。これを持ちながら、南部各国を見回っていたという訳。あ、神子が持たなければ〈剣の神子〉にはならないから、安心してね」
「神剣を回収……目的は何だ。お前は何者だ?」
 いっそう怪しんで、カインが尋ねた。神剣を積んで旅をするなど、自殺行為に等しい。盗賊は勿論、各国の為政者たちは喉から手が出るほど欲しているからだ。

「私は南のエルムサリエ帝国の出身でね。ハイデンベルグ帝の命令に従い、各国を旅している。この旅商団の団員は皆、私の家臣だ。だから多少無茶を言っても従ってくれている」
 マキナはそう言うと、左の袖を捲って腕を見せる。そこには帝国に生涯忠誠を誓う者が刻むという、炎が燃える柄の刺青が刻まれていた。ロウや、隊員たちも同じように腕を示し、そこには刺青が刻まれている。

「帝国……」
 これには、カインも多少なりとも驚きを見せた。エルムサリエ帝国は、南部全体に絶大な影響力を持つ大国だ。その為政は厳格で、国に忠誠を誓う者でなければ居住を許されない。彼らが見せた刺青は、まさにその誓いの証である。エルムサリエ帝国の皇帝・ハイデンベルグ。〝血の皇帝〟の異名を持つ傑物で、南部に生きる者ならば誰でも知る名だ。

「この団には帝国民しか所属していない。君たちは恐らく、旅商団に所属したところで、命を狙われる境遇にはたいして変わりはなかったのだろう。だが私の団では危険が無い。そして、君たちの神剣を探すという目的も果たされる。私たちは君達の戦いの腕によって、死ぬ可能性が減る。互いに得をする、という事になるだろ?」
 マキナは、握手を求める手を差し出しながら言った。

「帝国まで同行してくれるのなら、陛下に訴えれば、首に掛かった賞金もどうにか出来るかもしれない。どうだろうか? 〝金狼〟。私はぜひ、力を貸してほしいと思っている」
 赤毛の合間から、藍色の眼光がこちらを突き刺してくる。その眼は、断りはしないだろう、という確信を持っていた。皇帝に直談判できる権利を持っているならば、有力者の家系に連なる人物の可能性もある。下手に断って敵を増やす事のも得策とは言い難い。
 
 カインは熟考したうえで、背後のクリスティに目線を送ると、彼女は静かに頷いた。それを決定打として、口を開いた。

「分かった。帝国まで同行しよう。だがひとつ、コラーダに居た当時に分かる範囲で構わない、アルマスで何があったかを教えてほしい。俺たちは当時の状況を知らない」
「三年前のアルマスで……なるほど、それで此処に来たわけね。もちろんだ。そうしたら、まずは改めて、これから宜しく頼むよ」
 彼女から差し出された手を取り、カインは頷いた。

「ああ。だが、もしもこの子に危険があれば、離脱する事はあるかもしれん。とだけ言っておく」
 言うが早いか、握手した手を振り解くようにして、カインは歩いて行ってしまった。クリスティもまた何度かマキナを振り返りつつ、小走りに追っていく。

「あらら……仲良しさんには先が長そうだな~」
 ふたりの背中を見ながらマキナが悲しげに呟くと、その隣に寄って来たロウが、肩をすくめる。

「あのカインっておっさん、本当に狼みたいですよねェ」
「狼?」
「ああ、昔いたっていう動物なんですけどね。縄張り意識が強いのと身内以外には獰猛で、人に靡いたりしない生き物だったそうで。保護しきれず数百年前に絶滅しちゃってェ。でもそういう気高い所が憧れられて……で、〝金狼〟」
「気高くて身内以外に獰猛で、靡かない……?」

 ロウはこわいこわいと減らず口を叩きながら、歩いて行ってしまう。先行して歩くカイン達の背を見つつ、確かに一理あると思った。マキナはくすくすと苦笑して、小走りに旅商団のもとへ向かった。
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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