第7話 砂地の交易都市、リットゥ
文字数 2,608文字
雲間から陽が覗き、斜光の下で乾いた砂が舞い踊る。砂地の都市では、商人たちの呼び込みと、人の声、その間で金とモノが行き交っている。住民や兵士がそれぞれ違った話題を重ね、ひっきりなしに生まれる喧騒がこの街の彩りとなり消えていく。〝雨〟のもとに支配される世情とは少し離れて、あるいは敢えて忘れる様にして、人々は明るく笑ったり嘆いたりしている。
大陸最大の河川であるマリウス大河の隣に位置し、海沿いにも面していて、砂地ながら水源が豊富。西端という立地のため、覇権を争う二国からも干渉なく商いを営むことが出来る稀有な土地だ。
都市の名はリットゥ。商人達の中継地にして、交易都市である。リットゥの中心に立ち並ぶ、巨大な露店街。宝石から武具まで、必要なものは何でも揃うと云われている。
「その矢束を頼む」
客が発した声は人混みの賑やかさを通り抜けて、店主の耳に届いた。店主へ声を掛けたのは金髪金眼の男で、長い髪は後頭部で高く留められている。顔以外は外套で覆われていた。
「はいよ。40だ」
「ああ」
金眼の男が懐を探っている最中、髪が横顔にかかって揺らめく。顔付きは整っているが、隈が深く目つきが鋭く、近づき難さを感じさせた。色好きの輩が放って置かない雰囲気だが、それにしては女の気配すらない。支払いを待つ間に店主がぼうっとそんな事を考えていると、邪な考えを遮るように、代金の乗った手の平がずいと差し出された。
「お、おう。毎度」
やや身じろぎしつつ、店主が金を受け取る。金眼の男は無表情のまま、答えるように軽く頷くと、くるりと背を向けて立ち去る。
その後ろを小さな人影が追って行く。こちらも頭まで外套を被っていて顔は見えなかったものの、あの背丈はまだ子供だろう。金眼の男と帯同しているのは間違いなかった。
「子連れか……成程ねえ」
店主は陰のある男に、女の匂いがしない理由について、下世話ながらに一応の納得を得たのだった。
「……いん、カ……イン!」
金眼の男の後を追う小柄な少女は、何かが喉に突っかえるような、絞るような声を出した。
「ここは人目が気になる。もう少し進むぞ」
「……ん」
金眼の男は淡々とした物言いだったが、少女は了承したらしく、小走りで付いて行く。男の方も歩きながらだが、ちらちらと後ろを振り返っている。人を避けるように路地裏に入ってから手招きすると、少女もそれに従って路地に入った。
「クリスティ。矢束と、こっちは菓子だ」
「かっ……」
クリスティと呼ばれた少女は、先程までより早足で男に近寄ってから、二つの荷を受け取る。矢束の方はすぐさま仕舞ったが、菓子の包みは目を輝かせてじっと見つめ、ごくりと喉を鳴らした。年頃なのかあまり人に見られたくないようで、男に背を向けてから包みを広げている。こういう時にいちいち声をかけたりしないのが、彼女に対する暗黙の了解である。金眼の男は別のことに考えを巡らせて、背後の物音から気を逸らした。
だが菓子の包みとは別の物音がしたのに気づき、金眼の男は睨みを利かせる。ごろつき達がにたにたと笑いながら近寄って来た。手に武器を持っている。
「子連れの金髪金眼。お前だな? 〝金狼〟カイン……アルマスの生き残りってのはよ」
ごろつきの一人がそう言った。金眼の男の後ろで、恐らく菓子を頬張っていたであろうクリスティの背が、びくりと反応し固まった。
「その子供が、『アルマス』の欠片を持つ神子なんだろ? おおかた、手首の腕輪あたりに仕込んでるのか? 街が滅びて以来、行方不明の神子なんて、都合いいよなあ。どうなっても誰にも咎められねえからな!」
ごろつき達は下卑た笑いを立てる。カインと呼ばれた金眼の男は、じっと彼らの様子を窺っていた。体格だけは良いが、頭の悪そうな集団だ。戦いを生業としている者ではないようだが、どこからか自分達が神剣の欠片を持っているという情報を掴んで奪いに来たようだ。
カインの背後で固まっていたクリスティが、包みをしまい込んだ。そのまま背に下げられていた矢筒から矢を一本引き抜く。背負っていた弓を素早く構えると、ごろつき達の足元に向かって射った。手前の男の足首に命中し、ぎゃあという悲鳴が上がった。
「がっ……ガキめ! 何をしやがる!」
男たちが喚く頃には、クリスティは淡々と次の矢を番えていた。矢を射った際の衝撃によるものか、外套がはだけて鮮やかな桃色の髪が露わになっていた。
「菓子の恨みか? 少し落ち着け。」
「……」
カインが横から制止するも、クリスティは振り絞った弦を離そうとしない。普段は聡い子なのだが、久しぶりに菓子など買ってしまったばかりに、頭に血が上っているようだ。カインは内心で、己の愚行を呪った。
当然ながら、矢を射掛けられた男たちは怒りを現にし、武器を手にして襲いかかってくる。カインは外套の下に隠していた剣を抜き、ごろつき達の一人が斬りかかってきた武器を、刃で受け止めてから素早く打ち払う。続けざまにもう一人の脳天へ、柄頭を打ちこんで意識を飛ばす。
その最中、もう一人が正面から斬り込んできたのに対しては、振り上げて武器を弾き飛ばし、丸腰になってへたり込んだ男の喉元に、剣先を突き付けた。ごろつきたちは、瞬く間になぎ倒されてしまった。
「うっ……なんだこいつ……!」
「欠片を奪いに来てみた割には、たいした喧嘩にもならないな。さっさと行け」
言うが早いか、男の首に少しだけ剣を刺して脅してみせる。彼らは弾かれたように怯え、あれよあれよと逃げ去っていった。クリスティが構えていた弓矢を降ろし、ため息をつく。
「クリスティ、菓子は後だ。《首喰い》が来る。離れるぞ」
「ん……」
クリスティはかなり残念そうな顔をしているが、我儘を言える状況ではないと分かっている筈だ。カインが片手を差し出すと、応えるように手を繋ぐ。ふたりは表通りに戻り、足早に進んでいく。目指すのは街外れの南側の方角だ。背の低いクリスティを隠すように、あえて人込みの中を進み続ける。
先ほどのごろつき達と別に、《首喰い》と呼ばれる追っ手の危険があった。《首喰い》とは、お尋ね者を殺して賞金を稼ぐことを生業とする者たちの通称だ。カイン達はここ数年、首に賞金を掛けられて《首喰い》に追われ続けていた。戦いを専門としていない者ですら自分達のことを知っていたと言う事は、《首喰い》には既に勘付かれているだろう。
大陸最大の河川であるマリウス大河の隣に位置し、海沿いにも面していて、砂地ながら水源が豊富。西端という立地のため、覇権を争う二国からも干渉なく商いを営むことが出来る稀有な土地だ。
都市の名はリットゥ。商人達の中継地にして、交易都市である。リットゥの中心に立ち並ぶ、巨大な露店街。宝石から武具まで、必要なものは何でも揃うと云われている。
「その矢束を頼む」
客が発した声は人混みの賑やかさを通り抜けて、店主の耳に届いた。店主へ声を掛けたのは金髪金眼の男で、長い髪は後頭部で高く留められている。顔以外は外套で覆われていた。
「はいよ。40だ」
「ああ」
金眼の男が懐を探っている最中、髪が横顔にかかって揺らめく。顔付きは整っているが、隈が深く目つきが鋭く、近づき難さを感じさせた。色好きの輩が放って置かない雰囲気だが、それにしては女の気配すらない。支払いを待つ間に店主がぼうっとそんな事を考えていると、邪な考えを遮るように、代金の乗った手の平がずいと差し出された。
「お、おう。毎度」
やや身じろぎしつつ、店主が金を受け取る。金眼の男は無表情のまま、答えるように軽く頷くと、くるりと背を向けて立ち去る。
その後ろを小さな人影が追って行く。こちらも頭まで外套を被っていて顔は見えなかったものの、あの背丈はまだ子供だろう。金眼の男と帯同しているのは間違いなかった。
「子連れか……成程ねえ」
店主は陰のある男に、女の匂いがしない理由について、下世話ながらに一応の納得を得たのだった。
「……いん、カ……イン!」
金眼の男の後を追う小柄な少女は、何かが喉に突っかえるような、絞るような声を出した。
「ここは人目が気になる。もう少し進むぞ」
「……ん」
金眼の男は淡々とした物言いだったが、少女は了承したらしく、小走りで付いて行く。男の方も歩きながらだが、ちらちらと後ろを振り返っている。人を避けるように路地裏に入ってから手招きすると、少女もそれに従って路地に入った。
「クリスティ。矢束と、こっちは菓子だ」
「かっ……」
クリスティと呼ばれた少女は、先程までより早足で男に近寄ってから、二つの荷を受け取る。矢束の方はすぐさま仕舞ったが、菓子の包みは目を輝かせてじっと見つめ、ごくりと喉を鳴らした。年頃なのかあまり人に見られたくないようで、男に背を向けてから包みを広げている。こういう時にいちいち声をかけたりしないのが、彼女に対する暗黙の了解である。金眼の男は別のことに考えを巡らせて、背後の物音から気を逸らした。
だが菓子の包みとは別の物音がしたのに気づき、金眼の男は睨みを利かせる。ごろつき達がにたにたと笑いながら近寄って来た。手に武器を持っている。
「子連れの金髪金眼。お前だな? 〝金狼〟カイン……アルマスの生き残りってのはよ」
ごろつきの一人がそう言った。金眼の男の後ろで、恐らく菓子を頬張っていたであろうクリスティの背が、びくりと反応し固まった。
「その子供が、『アルマス』の欠片を持つ神子なんだろ? おおかた、手首の腕輪あたりに仕込んでるのか? 街が滅びて以来、行方不明の神子なんて、都合いいよなあ。どうなっても誰にも咎められねえからな!」
ごろつき達は下卑た笑いを立てる。カインと呼ばれた金眼の男は、じっと彼らの様子を窺っていた。体格だけは良いが、頭の悪そうな集団だ。戦いを生業としている者ではないようだが、どこからか自分達が神剣の欠片を持っているという情報を掴んで奪いに来たようだ。
カインの背後で固まっていたクリスティが、包みをしまい込んだ。そのまま背に下げられていた矢筒から矢を一本引き抜く。背負っていた弓を素早く構えると、ごろつき達の足元に向かって射った。手前の男の足首に命中し、ぎゃあという悲鳴が上がった。
「がっ……ガキめ! 何をしやがる!」
男たちが喚く頃には、クリスティは淡々と次の矢を番えていた。矢を射った際の衝撃によるものか、外套がはだけて鮮やかな桃色の髪が露わになっていた。
「菓子の恨みか? 少し落ち着け。」
「……」
カインが横から制止するも、クリスティは振り絞った弦を離そうとしない。普段は聡い子なのだが、久しぶりに菓子など買ってしまったばかりに、頭に血が上っているようだ。カインは内心で、己の愚行を呪った。
当然ながら、矢を射掛けられた男たちは怒りを現にし、武器を手にして襲いかかってくる。カインは外套の下に隠していた剣を抜き、ごろつき達の一人が斬りかかってきた武器を、刃で受け止めてから素早く打ち払う。続けざまにもう一人の脳天へ、柄頭を打ちこんで意識を飛ばす。
その最中、もう一人が正面から斬り込んできたのに対しては、振り上げて武器を弾き飛ばし、丸腰になってへたり込んだ男の喉元に、剣先を突き付けた。ごろつきたちは、瞬く間になぎ倒されてしまった。
「うっ……なんだこいつ……!」
「欠片を奪いに来てみた割には、たいした喧嘩にもならないな。さっさと行け」
言うが早いか、男の首に少しだけ剣を刺して脅してみせる。彼らは弾かれたように怯え、あれよあれよと逃げ去っていった。クリスティが構えていた弓矢を降ろし、ため息をつく。
「クリスティ、菓子は後だ。《首喰い》が来る。離れるぞ」
「ん……」
クリスティはかなり残念そうな顔をしているが、我儘を言える状況ではないと分かっている筈だ。カインが片手を差し出すと、応えるように手を繋ぐ。ふたりは表通りに戻り、足早に進んでいく。目指すのは街外れの南側の方角だ。背の低いクリスティを隠すように、あえて人込みの中を進み続ける。
先ほどのごろつき達と別に、《首喰い》と呼ばれる追っ手の危険があった。《首喰い》とは、お尋ね者を殺して賞金を稼ぐことを生業とする者たちの通称だ。カイン達はここ数年、首に賞金を掛けられて《首喰い》に追われ続けていた。戦いを専門としていない者ですら自分達のことを知っていたと言う事は、《首喰い》には既に勘付かれているだろう。