第13話 マキナの薬

文字数 1,522文字

 一行はその後、数日を移動に費やした。まだ地図上では南部の真ん中ぐらいの位置だが、目指している国は東端の海沿いだ。しばらくは野宿と移動の繰り返しになるだろう。旅商団の者達は、日中は照り付ける太陽のもとを黙々と歩くが、夜になると楽器を鳴らして踊ることもあった。これまでと比べて、随分と陽気な旅となっていた。


 あくる日、旅商団は騾馬たちを止めて、休息を取っていた。団員たちは天幕を張り、日陰のもとで足を休めている。カインはロウとの話を済ませて、クリスティの待つ天幕に戻ろうとしていた。目に入った光景に、呆気にとられた。

 マキナが、天幕の下でもないただの地面の上で、大の字になって寝転がっていたのだ。

「は?」

 これにはさすがのカインも惚けた声が出た。そこへ異変に気が付いたロウが、わっ、という悲鳴を上げて彼女のもとへ駆けつける。

「姐さァん! 薬は飲んでないの?」
「そろそろかと思ってはいたけど、残り少なくて……ちょっと節約してもいいかなって…油断した…」
「言ってくださいよォ!」

 身体を投げ出して寝たままのマキナの前で、ロウが頭を抱える。やや困惑しながらも、腰を落とす。

「大丈夫か? 薬とはどういう事だ」
 ロウに声を掛ける。彼はすっかり途方に暮れてしまっているが、どう答えるべきかと言葉を探ってから、口を開く。

「姐さんは……〝雨〟がいつ降るかが分かる、って話はしたよなァ。それはつまり、感覚全般が過敏すぎる、って事にもなるんだ。普通の人は平気な事でも、姐さんにとっては物凄い刺激になることがあるから、薬を飲んでその刺激を抑えてんだ。だけど今は前の服薬から時間が空いてェ、薬の効果が切れちゃったみたいで。そうなると、この熱帯を照らす日光は姐さんには刺激が強すぎるからァ……こうやって動けなくなって倒れちゃうのよ」
「……そう…悪いけど私は今…役立たずだ…。すまないが…どこかいい感じのところへ…運んでくれ……」

 説明が終わる頃に、普段の姿からは思いもよらない弱弱しいマキナが、声を絞り出した。ロウは彼女の身体を横抱きに持ち上げると、一旦天幕の中へ入る。天幕では先に休んでいたクリスティが驚いて目を丸くしていたが、すぐに布を持ってきてくれた。ロウは、布を重ねて簡易的な寝台をつくってマキナを寝かせてやり、心配そうに様子を見ている。

「薬か……、どうしたもんかなァ」
「ロウ、この近くにはタン・キエムという国があった筈だが。そこでなら薬が手に入らないか?」
「タン・キエム……」

 顎に手を当てつつ、記憶を辿っている。小さくあっ、という声をあげて、悲しげな顔を向けてきた。

「あの国、いま治安が悪いンすよ。前に立ち寄った時にはほとんど、盗賊のものになっちゃってるような有様でェ。元の市場は大きいから、仰る通り薬の扱いは有りそうだけど」
「俺とクリスティだけで取ってくるか。そう遠くもない。必要な薬の種類を教えてくれ」

 そんな提案がされたことが相当意外だったようで、ロウは仰天しているようだった。泣きそうな顔になって礼を言うと、薬の種類を端紙に書き起こし始める。紙に書いている間に、ふと思いついたようにカインに訊いた。

「クリスティ姫、ここに置いてってもいいんじゃ? 危ないと思うけどォ」
「……だそうだが、どうだ?」
 カインがそのままクリスティに投げたが、彼女はその桃色の髪が振り回される程度には、大きく首を振った。

「賢明だ。お前が居ないと、どうなるか分からん。」
「え?」
 ロウは、カインがぼそりと言った言葉に、違和感を覚えて聞き返した。カインは無言で、その金眼だけで彼をじっと見つめてから、意味ありげに片方だけ口角を上げて見せた。ロウはこの時初めて、カインが笑う姿を見た。
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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