第21話 冷遇される皇女

文字数 2,803文字

「時に、カイン。クリスティ。貴様らは次にどこへ向かう?」
 ハイデンベルグは玉座に深く腰掛け直して、聞いてきた。

「北部へ。ハラ・ダヌに立ち寄った際、トリア国に〝黒鬼士〟が現れたという話を聞きました。国自体は無事で、法王領ラネージュの法王ユリアスが保護に動いているという噂のようですが、手掛かりを探りたいと考えています。それと、あの街に知人もおりまして」
「なに? 貴様らはつい先日ニル=ミヨルで、〝黒鬼士〟に会ったばかりだろう。ハラ・ダヌ滞在時という事は、距離から見て三月ほど前だろう。いかに馬を走らせたとしても、トリアからニル=ミヨルへの移動を三月では、物理的に不可能だ。〝黒鬼士〟はどうやって移動した? もしくは、聖地レ・ユエ・ユアンを通って、直線上に移動するほかは……」
 カインの返答を訝しむハイデンベルグ帝だが、聖地レ・ユエ・ユアンの可能性に言及したのち、黙ってしまった。

「マキナ」
 数秒の間をおいてから、声にしたのは娘の名だ。

「はい」
「大砂漠の視察の件、覚えているな。神剣が見つかれば回収して来い。道程が同じなのだから、こ奴らを護衛につけて連れていけ」
 先ほどまでのカイン達への態度と違い冷淡に言いつける。しかも行先は、北西の大砂漠。過酷な環境で知られており、とてもではないがマキナに、皇族の一人に担わせる内容ではない。
「マキナ、お前は戦えん。この国の皇族である以上は、結果を出さねば認められぬ。分かっているな?」
 そのうえで皇帝が、追い打ちをかけるように言う。マキナは少しだけ悔しそうにして、何も答えないまま頷いた。

「陛下。その件、どのような利点が? 俺達には砂漠に立ち寄る気はありません」
 割り込んで、カインがやや不躾に言い放った。彼らの関係に口を挟む気はないが、ここまでマキナと旅を共にした人間として、皇帝の彼女に対する言い様は、腹に据えかねた部分もある。

 その瞬間、皇帝の傍らで控えていた従者が即座に反応し、目にもとまらぬ速さで駆け、カインの首元に短剣をびたりと突き付けて、制止した。
「無礼者。浮浪者風情が、陛下への口の利き方を弁えろ」
 カインに対して漏れ出るような怒りを、そのまま言葉でぶつけてくる。予想外の事態に、後方に立っていたクリスティは一瞬動揺したが、すぐさま弓矢を抜いて従者に向けた。カインの方は剣を抜かず、じろりと睨むだけだ。これを見て、皇帝は興味深そうにほお、と嘆息した。
「下がれ。貴様は随分、刃が向く事に慣れているのだな」
「皇帝が使え、と言った傍から殺しはしないでしょう」
 カインは言葉の上では遜って答えるが、ハイデンベルグ帝を睨み付けている。従者が渋々と退いていくが、逆にハイデンベルグ自身は、何か面白い遊びを見つけた時のような、興味深げな瞳を向けていた。

「マキナ達の護衛に対する『利点』だが、貴様らの首にかけられた賞金は、我から手を回して取り下げさせよう。コラーダめ、欲に目が眩んだものだな」
「なるほど」
 カインは頷いた。見返りの内容は、マキナ達とここまで同行した目的のひとつであり、クリスティの安全にも繋がる。受けない理由は無い。少しだけ考えてから、カインは再び口を開いた。

「陛下は勿論、彼女の体質についてはご存じでしょうから、そのうえでの砂漠越えには何か考えがおありなのですね。その命、お受けいたします」
 皮肉を込めた口ぶりで言ってから、カインは簡易的に敬礼をした。マキナが、驚いた表情でカインを見る。その言い分も気に食わなかったのか、従者がぐっ、と動きそうになって堪えているのが見えた。一方の皇帝は、これにはにやりと笑って見せるだけだった。
「ではな。マキナ、戻り次第報告しろ」
 皇帝は玉座から立ち上がると、従者を伴ってさっさと引き上げてしまった。



「父上が仰って居た通りでね。私は例の、感覚が過敏すぎる為に武器が持てないのね。打った後の衝撃とかが耐えられなくて。だから、皇族の中では冷遇されて」
 戻る道すがら、マキナが語った。この施設は、今回のように市民や訪問者が、皇帝と謁見を行うための場所であったらしい。その表情は珍しく、少しだけ影を落としている。
「帝国自体が力を唯一とする風習で、『誓い』の時にも、戦う事を義務付けられるしなァ。陛下も自ら一線に立って、馬を駆るようなお方だし……」
 付け加えて、ロウが苦々しく言った。ハイデンベルグ帝の異名である〝血の皇帝〟というのは、彼が非常に実力主義的で、武芸や軍略の才を重視している点も関係しているが、戦時には皇帝自身が槍を振るい、血を浴びて戦う姿が由来だ。歴史的に法王領に敵対する年月が長く続いたことで、腕のある者を偏重するようになり、皇族もそれに倣う必要があるのだという。

「だから代わりに、こうやって各地の視察や物資支援を行って来たのよ。最初は家臣も付かなかったから、ただの旅人だよね。大変だったなあ~」
「その時代に出会ったんスよね、オレら」
「そうだったねえ! 懐かしい」
 ロウと二人で、昔話に花を咲かせている。聞けば旅商団に同行していた家臣たちも彼女直属の部下ではなかった。王族の家臣ではあっても、マキナにとって真の意味で味方ではない。彼女は彼女なりに、置かれた環境の中で戦っていたのだ。

「……砂漠へは、何をしに行く? 確か数年前に、〈剣の神子〉が殺されて滅んだと聞いたが」
 二人の話が落ち着くのを見計らってカインが聞くと、ロウが説明役を買って出た。
「そう、ロンゴミアント大砂漠は既に滅ぼされてンだけど、その滅びた時のごたごたでェ、神剣は回収できてないんだ。今でも、帝国と法王領の使者が時々探しに訪れてる。今回もその、あるかも無いかもしれない神剣を探しに行くと。神剣は、その数が領土に直結するから、もちろん国力にも影響するでしょォ。法王領と対立している帝国としては、何本でも持っておいて、抑止力としておきたいわけ」
 ロウはため息をつきながら肩をすくめてみせる。この仕事に何の意味があるんだ、と言いたげである。あーあ、などとぼやきながら歩いていくロウの後ろで、ふとマキナが立ち止まって、カイン達の方を振り向いた。

「ありがとね。父上に少し、文句付けてくれたでしょ」
「さあ、何の事か分からんな」
 カインは素知らぬふりをしたが、意味ありげに方眉を上げて見せる。その表情が、彼の真意を物語っていた。これには、マキナも笑ってしまう。

 マキナにとって、帝国は愛する国である事は確かだった。冷遇されているとはいえ、父なりの愛のようなものは在り、金銭面は惜しみなく支援をしてくれている。兄弟達も積極的にではないが、さりげなく助けを入れてくれる。とはいえ、今回のように誰かが表立って庇ってくれる事は滅多になかった。まだ数月間の帯同であるが、カインは〝金狼〟と呼ばれてはいても、気難しいだけではない。マキナは、得難い友を得たと感じていた。
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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