第59話 最後の兄弟

文字数 1,988文字

 同じ頃、北東前線基地、司令部内。クリスティは、ステラとクレフェルド皇子に対し、聖地レ・ユエ・ユアンとノアで見た全てを伝えた。もちろん、皇帝が今、別の人間に乗っ取られているという事も含めて。

「……父上が乗っ取りをされるなんて。これすらも、予言通りか……」
 クレフェルドは深くため息を付き、額を抱えた。彼はクリスティの話す突飛な内容を受け入れている様子だった。

「クリフ、……クレフェルド、殿下。信じてくれるの?」
「クリフでいい。信じがたい事ではあるが、父上は確かに……最近になって正気を逸していた。私をアロダイトへ派遣したのも父だ。奴隷貿易が()()()行われているか監視しろ、とな。あの、国民を苦しめる事を何より嫌う父上が言うことは思えなかった。それに妹が〝協力者〟から聞いたという話通りなら、帝国は操られ、戦争を起こすと聞いていたからな。そうなるとすれば……だ」
「マキナは、ノアの〝協力者〟から聞いた内容を、クリフにも伝えたんだね」
「そうだ。八年前、妹は〝協力者〟と接触した後、聞いたすべてを私と兄上に伝えた。各地に赴いて公務をこなす裏で、この時に備えて根回しをしていたようだ。君の持っている首飾りもそのひとつだよ」
 クレフェルドはそう言って、クリスティが首に掛けた首飾りを示した。

「それは妹が〝協力者〟から貰ったものだが、マキナはこれを、自分の後継者になりうると見定めた者に預けると言っていた。これを見て、その人物に私達も協力してやってほしい、と」
 そう聞いて、クリスティは紅い首飾りをぎゅっと握った。彼ら皇族の兄妹は、〝協力者〟に聞いた予言の内容から、皇帝が操られる事を危惧していたようだ。

「マキナが感覚に鋭いのは知っているだろう? あれは、人の本質を見間違えない。悪意のある相手を見誤る事はなかった。たしかに君はまだ幼いが、マキナが後継者と見出したんだ。それに、今ここにカインが居ない事が、君の話が真実かどうかを物語っているだろう」
 クレフェルドは哀し気に顔を歪めた。誰かの身を案じるというよりは、諦観に近いものに見える。妹であるマキナが、自らの死に備えていた事を知りつつ何も出来なかった、その心中が現れている様だった。

「殿下。皇帝陛下は、法王領に行くと仰られていたのですか?」
 ステラが、ふたりの話に割って入ると、クレフェルドは首を横に振った。
「父上は、私と兄上に二つの前線を任せ、兵の増強という名目で、遊撃軍として南部の国々を回っていた筈だった。帝国に兵を提供できない国には侵攻を行い、無理やりに兵を奪って……。法王領に赴くなど勿論、聞いていない。父上の軍は、帝国兵でなく私兵を扱っているようだったから、動きも読みづらくてな」
「なにそれ!」
 その話に声を上げ、ステラが愕然としていた。表向き帝国と法王領の戦争であるはずが、南部の国々までもが強引に戦争に巻き込まれている。クレフェルドは続けて話し出す。

「ただ、父上が法王領に居るのなら、この前線基地に寄る可能性は高いのではないだろうか。北西前線はアロダイト付近だというから、南部に戻るとしたら遠すぎる。()()が違ったとしても、流石に前線の様子見くらいはするだろう」
「とすれば……。そこが、皇帝を叩く好機になりそうですね」
 ステラが言えば、クレフェルドが頷いた。
「直ちに軍内に通達しよう。皇帝を出迎えてから、この基地内で襲撃する。皇帝の身柄を拘束し、南部全権の指揮権を奪う。そこからが、法王領のユリアスとの本当の争いだ」
 クレフェルドの言葉を受け、ステラ達が頷いた。ベニーがすかさず立ち上がり、天幕から出ていく。まさにその通達に行ったのだろう。

「あの、クリフ。私、カインを助けに行きたい」
 話が終わるか、という空気になった時、遮ってクリスティが言った。クレフェルドは頷いてから口を開いた。
「勿論だ。だがいったん、皇帝を拘束してからがいい。そうすれば、法王領の戦力がこちらに一斉に向くだろう。その隙に、目を盗んで法王領に向かってもらいたい」
 その答えは、クリスティにとって少々以外だった。どうやって?と聞こうとする所を、クレフェルドが手で制して、話し出した。

「カインは私にとっても知人で、実力も確かだ。だが、ただの放浪者である一人の為に、兵士の命を掛ける事は出来ない。……と言いたいところだが、今回は事情が違う。北西戦線が膠着する以前、ニル=ミヨルとエペト・グラムの住人達を大砂漠に逃がし、それを指揮していたのは()()だ。その最中に法王領からの軍と交戦し、奴らに捕まった」
 クリスティは戦慄し、息を呑んだ。言わんとすることを察した。そしてクレフェルドは続けた。

「兄上は……フォルクハイム・エルムサリエは、恐らくは法王領の宮殿内に捕らわれている。彼をともに救出してほしい。帝国所有の帆船を使い、東の海を北上して、法王領に向かうんだ」
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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