第24話 滅びし海岸の街、ドゥリンダナ※

文字数 2,752文字

 ここに在った港町の名は、ドゥリンダナ。住民が漁のための船着き場を設けていた為、船を着けるのは容易だった。落陽の水平線の美しさは黄金海岸と呼ばれる事もあったが、今は影も形も無い。神剣の回収と住人の弔いの為に、団員たちは神妙な表情で船から降りていく。

「いいのか、クリスティ?」
「大丈夫」

 船を降りる前に、カインが小声でクリスティに尋ねるが、彼女は自分からカインの手を繋いだ。カインは何も言わず、その手を引いて船を降りた。
 一行が町の中心部に入ると、甲板で見た惨状が眼前に広がる。人や動物の残骸があちこちに転がっている。そのほとんどが身体と言えるほどは残っておらず、ぐちゃりとした肉塊が落ちている、という方が正しい。帆船の上では心地よかった晴れ空も、その陽光が死骸の臭いを立たせてしまい、腐臭が漂っている。団員の中には、堪えきれずに口を押えて顔を背けたりしている者も居る。

「ひでェ臭いだな……。姐さん、〝雨〟って最近降ったばかりですか?」
「そうだね。まだ遺骸も湿っているし、昨日位に降ったばかりだと思うよ」
 ロウが尋ねるとマキナがひどく悲し気に答えた。彼女は真剣な様子で、死骸や土の状態をあちこち触れて確認しては思案している。

「クリスティ、平気か?」
「………」
「無理するな」
 元気を装うクリスティだが顔色の悪さは隠せておらず、カインは外套を広げると彼女を足元に寄せて、上半身を隠すように覆った。船着き場に戻ってもいいが、カイン自身も彼女と離れる事は危険なので避けたかったし、クリスティも嫌がるだろうと予想していた。

「おい、大丈夫かァ? オレ、姫様連れて船着き場行ってようか?」
 二人の様子に気が付いて、ロウが声をかけに近付いて来てくれる。そのまま、外套に身を隠していたクリスティに触れようと手を伸ばしたが、その時、
「いや!」
 普段大人びた振る舞いをしている彼女らしからぬ、拒絶の声をあげた。マキナとロウが、驚いて目を丸くしている。
「……悪い。この子はロウを嫌がってるわけじゃないんだ。ちょっと待ってくれ」
 カインはそう言うと、しゃがみ込んでクリスティと目線を合わせたうえで、なにか小声で話し合っている。それを待つマキナとロウは、いまだ驚きが隠せないままで見合っていた。

「ロウ。悪いが、クリスティを連れて遺骸が少ないあちらの外れの方から、付いてきて貰う事は出来るか。マキナは心配するな、俺が護衛を引き受ける」
「え? あ、ああ。分かった」
 ロウが返事をしたところで、話し合いを終えたらしいカインが立ち上がる。そこには、いつもより格段に元気のないクリスティが下を向いたまま立っていた。そっと背を押してやるとようやく、クリスティが歩み寄って、ロウの服の裾を掴んだ。連れていけ、の意のようだ。
 日頃見せている姿とはかけ離れた、子供らしい仕草にロウは驚いたが、よく考えればまだ十歳にも満たないのだ。肩に手を添えてやりつつ、ゆっくり外れへ歩いていく。

「……クリスティって、結構君に依存してるの?」
 ふたりが離れた後で、マキナがこっそり聞いてくる。
「いや、違う。こういった人が人でない姿になっているような、惨状が特に苦手なんだ。前に色々とあってな」
 カインが少しだけ悲し気に言った。離れていくロウとクリスティの背を二人で眺める。

「しかし、ある意味離れて正解かもね。この状況はまるきり同じだ」
「同じ?」
「〈剣の神子〉が滅ぼされた時のアルマスと同じだよ。同じような光景だった」
 そう言われて、カインは改めてこの光景を見つめた。追手から身を隠すために、三年経つまで近づくことさえままならなかったアルマス。当時はこのような状況だったのだという。記憶の中の故郷と重ねて想像すると、身の毛がよだつ。平常心では居られないような気がして、考えることを途中で辞めた。

「ここ辺りは死骸が集中していないから市街地だったのかな。〈剣の神子〉がいたのはどの辺りだったんだろう。あっちかな?」
 マキナはぶつぶつと呟きながら、奥地へ進んでいく。カインも無言のままその後を追い、さらに遠巻きにロウ達が付いてくる。〝雨〟は生物だけでなく建築物への浸食もあり、すでに崩落し始めている。だが位置関係や構造から、ある程度の地理は予測できそうだ。
 崩落した瓦礫が円状に囲っている形で、まだ人らしき形を保っている死体が何体も転がっている場所があった。すでにマキナが亡骸を仰向けにして、あちこち触って調べている。

「神剣があるな」
 後から追いついたカインが言う。マキナは特に驚いた様子はなく、うん、と返した。さすがに何年も各地を視察して回っているだけあって、場慣れしている。
「神剣『ドゥリンダナ』だね」
 地面に突き立った古びた剣。この街を〈剣の神子〉とともに守護していた、街の名を冠する神剣『ドゥリンダナ』。これを使役していた〈剣の神子〉はどこへ行ったのだろう。カインは周囲の死骸を見やり、白い肌のものをいくつか観察してみる。すると奇妙な共通点が目に入った。

「マキナ。彼ら皆、身体の中心を貫かれてなにか臓器を抜かれている。刺し傷にしては大きすぎるし内臓物が外に出ている」
 そう言われ、マキナは穴の開いた死骸に手を突っ込んで中身を確認しだした。生々しい音を立てて少し探ったところで、顔色が変わった。
「心臓だ。心臓を抜かれてる」
 カインとマキナは、悍ましい所業を想像して思わず息を呑んだ。目的は不明だが、儀式めいた殺し方だ。《神子殺し》は〝雨〟の日を狙って行われるため、亡骸が〝雨〟で溶かされて、誰も知らなかった事実のひとつだろう。《神子殺し》の目的は不明だが、少なくとも現在、

、という事なのだろう。カインは、地面に突き立ったままの神剣『ドゥリンダナ』を抜く。

「マキナ。こいつを預けてもいいか。俺たちが持っているには危険すぎる」
「そうだね。積み荷に隠しておいて、こっちの用件が済んだら帝国に持ち帰るよ」
 神剣『ドゥリンダナ』をマキナに手渡す。神剣は一本でも、国が覆る代物だ。当然、持って歩くなどすれば多数の勢力から狙われる事になるだろう。もう追いかけ回されるのは御免だ、とカインは思う。
 アルマスには、神剣は残っていなかった。あの時は《神子殺し》が持ち去ったのか、別の誰かが持っていたのか分からない。神子たちの心臓を集めて何を企んでいるのだろうか。

 一通りの調査を終えて、カイン達は団員達とともに、亡骸を丁重に弔った。心臓が抜かれている以上に新たな発見は無かったが、こうしてまた一つの国が消え去った。 団員達も何とも言えないという様子で、黙々と作業を進める。
 カインは、黒鬼士と、『コルヴァ』の戦いを思い返しながら、落陽の空模様を仰いで、溜め息を吐いた。
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登場人物紹介

カイン

三年前に滅んだアルマスの生き残り、元騎士。

褐色肌で、金髪金眼の見た目から“金狼”と呼ばれている、腕利きの剣士。

親友ディルとの約束に従って、彼の娘であるクリスティを護り続けている。

冷静で静かな気質の人物だが、戦いを好む一面があり……?

クリスティ

三年前に滅んだアルマスの、生き残りの少女。カインの親友だった、ユジェとディルの娘。

神子の証である白い肌と、母譲りの桃色の髪を持つ。

神剣『アルマス』の欠片を持ち歩いているため、欠片を奪おうとする勢力と《首喰い》に命を狙われている。

過去の出来事が原因で、声が出なくなっている。

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