第22話

文字数 1,225文字

「ねえねえ梨乃。その高校教師のオーナーさんってカッコイイの?」
「何を基準としてカッコイイっていうのか判らないけれど、爽やかな感じの人よ」

 梨乃は芸能人に興味が一切無いので、どんな顔の造りを以てイケメンという表現が当てはまるのか、さっぱり判らない。なので自分が見て、感じたままの印象を告げた。それが美由紀にはツボだったのか、嬉しそうな顔で身を乗り出してくる。

「ちょ、ちょっと近いってば」
「爽やかな感じの二十二、三歳かぁ。ね、その人って彼女は居るの?」

 えらく意気込んで突っ込んだ質問をしてくる親友の気迫に押され、思わずソファに座ったままだが上体を後ろに反らせてしまう。

「さあ? そういったプライベートな情報はあまり……あ、でも」

 ふと、恭一と共に円果へ挨拶に行ったときに、男たちが交わした会話部を思い出した。その中で確か円果は、恭一の彼女いない歴が二年だか何だかと言っていなかったか。それを思い出した梨乃の表情を読み、美由紀はテーブル越しに親友の肩を掴んで前後に揺さぶった。

「でも? でもの次は?」
「た、確か彼女はいないって言っていたような」
「きゃあああっこれはオイシイわ! 高校教師(ただし違う学校)と女子高校生の禁断の恋! 梨乃、応援するからね。是非ともドラマティックな恋をしてちょうだい!」

 再び妄想ワールドへと旅立ってしまった親友にかける言葉が見付からず、梨乃は深いため息を吐きつつコーヒーのお代わりを煎れに立ちあがった。戻ってきたときには、親友は興奮冷めやらぬ様子で
「今度、その隣人に会わせて!」
 とまで言いだす始末だ。

「あのね美由紀。今日の目的はそれじゃないでしょう?」
 梨乃の言葉に本来の目的である声楽コースの試験の練習を思いだし、急に真面目な顔になった美由紀はテーブル上の三種のベリータルトにようやく手をつけた。

「そうそう、こんなことをしている場合じゃなかった。さっさと食べて、練習しなきゃ」

 梨乃もガトーショコラを食べ終え、お喋りタイムは終了した。腹ごなしにプライベート空間を除き一通り部屋の中を案内する。再びソファに座りおしゃべりをすると美由紀は落ち着いたのか、音楽家としての顔になった。ピアノに近付き、発声を始める。

 美由紀はソプラノで伸びやかな綺麗な声をしている。発声の段階でも、美由紀の調子が良いことが判る。準備を終えた美由紀は、いつでもいいよと目で合図を寄越した。

 試験の課題曲は、ベッリーニ作曲の『Vaga luna che inargenti (優雅な月よ)』だ。準備を終え互いに頷きあった後に大きく息を吸い込んだ美由紀は、朗々と歌い上げていく。独唱を終えた美由紀は何故か眉をひそめた。

「ごめん、もう一回いいかな」
「いいよ」

 梨乃が聞いていた限りでは、音程も外れていなかったし高音もきれいに伸びていた。しかし美由紀からすれば、どこか納得がいかない箇所があったのだろう。もう一度発声練習から始め、伴奏に合わせて歌い上げる。
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