第27話
文字数 1,172文字
その日は大した事件もなく無事に一日を終え、学校を後にすることが出来た。夕食にふと鮭のムニエルが食べたくなり、自宅付近のスーパーへと車を走らせる。辺りはすっかり暗くなっており、腕時計で時間を確認すると十九時を過ぎていた。
すっかり陽が暮れてしまったなと食材を求める他の客たちの間を縫うようにして、鮮魚コーナーを目指す。幸い切り身のバラ売りがされており、一人分をプラスチックの容器に入れるとサラダ材料やバターを求めて店内を移動する。乳製品コーナーで、ここ数日で見慣れた制服を着た後ろ姿を発見し、横を向いたその女子高生にさり気なく声をかけた。
「鮎川さん、こんな時間まで学校に残っていたの?」
「あ、神保さん」
突然声を掛けられたにもかかわらず、梨乃は驚きの色を殆ど見せずに笑みを浮かべた。
「これから陽が長くなっていくとはいえ、あまり遅くまで学校に残るのは感心しないな。帰りが十九時を過ぎるようだったら連絡して。近くまで迎えに行くから」
その台詞を聞いた梨乃は、目に見えて狼狽した。
「そ、そんな。迷惑じゃないですか?」
ぼそぼそと口の中で呟くような声だったが、恭一の耳にはしっかりと届いていたようだ。気にしないでとすぐに返ってくる。
「鮎川さんに万が一のことがあったら、海外赴任をしているご両親に申し訳ないよ。マンションのオーナーとしても、隣人としても大事な娘さんをお預かりしている以上は、責任があるからね」
その台詞に梨乃の心の一部がちくりと痛んだ。責任感からの台詞――考えてみれば、それは当然のことだろうと梨乃は自分に言い聞かせる。ほんの少しだけ違う言葉を期待した自分が恥ずかしくなり、誤魔化すように言葉を繋いだ。
「そ、そうだ。アルバイトの件ですけれど、許可が下りたんです。もっとも週末と祝日のみで、成績が下がったら辞めなければいけないんですが」
学校側は当然のことを条件として挙げている。生徒の本分は学業であり学校生活だ。恭一も教員の端くれとして、その条件を妥当だと思った。何にせよ許可が下りたならば、週末や祝日の夜は――色んな邪魔者がいるが――一緒に過ごせるようになった。そのことを素直に嬉しいと、恭一は思った。同時に、自分の職業倫理に反しないよう、思いは悟られないようにしなければなと決意を新たにする。が、今夜くらいは一緒に帰っても問題は無いだろうと……身勝手な思いがわき上がってしまった。
「今日はもう遅いし、俺は車だから一緒に帰ろう」
「……はい」
「よし。それじゃあ会計を済ませて帰ろうか」
二人はそれぞれに会計を済ませると駐車場へ行き、車に乗り込んだ。徒歩でも十分くらいしかかからない距離なので、あっという間に着いてしまう。しかし彼らにとっては、例え短くとも特別な時間だ。お互いに意識していることを知らなくとも、車内の空気は何となく甘かった。
すっかり陽が暮れてしまったなと食材を求める他の客たちの間を縫うようにして、鮮魚コーナーを目指す。幸い切り身のバラ売りがされており、一人分をプラスチックの容器に入れるとサラダ材料やバターを求めて店内を移動する。乳製品コーナーで、ここ数日で見慣れた制服を着た後ろ姿を発見し、横を向いたその女子高生にさり気なく声をかけた。
「鮎川さん、こんな時間まで学校に残っていたの?」
「あ、神保さん」
突然声を掛けられたにもかかわらず、梨乃は驚きの色を殆ど見せずに笑みを浮かべた。
「これから陽が長くなっていくとはいえ、あまり遅くまで学校に残るのは感心しないな。帰りが十九時を過ぎるようだったら連絡して。近くまで迎えに行くから」
その台詞を聞いた梨乃は、目に見えて狼狽した。
「そ、そんな。迷惑じゃないですか?」
ぼそぼそと口の中で呟くような声だったが、恭一の耳にはしっかりと届いていたようだ。気にしないでとすぐに返ってくる。
「鮎川さんに万が一のことがあったら、海外赴任をしているご両親に申し訳ないよ。マンションのオーナーとしても、隣人としても大事な娘さんをお預かりしている以上は、責任があるからね」
その台詞に梨乃の心の一部がちくりと痛んだ。責任感からの台詞――考えてみれば、それは当然のことだろうと梨乃は自分に言い聞かせる。ほんの少しだけ違う言葉を期待した自分が恥ずかしくなり、誤魔化すように言葉を繋いだ。
「そ、そうだ。アルバイトの件ですけれど、許可が下りたんです。もっとも週末と祝日のみで、成績が下がったら辞めなければいけないんですが」
学校側は当然のことを条件として挙げている。生徒の本分は学業であり学校生活だ。恭一も教員の端くれとして、その条件を妥当だと思った。何にせよ許可が下りたならば、週末や祝日の夜は――色んな邪魔者がいるが――一緒に過ごせるようになった。そのことを素直に嬉しいと、恭一は思った。同時に、自分の職業倫理に反しないよう、思いは悟られないようにしなければなと決意を新たにする。が、今夜くらいは一緒に帰っても問題は無いだろうと……身勝手な思いがわき上がってしまった。
「今日はもう遅いし、俺は車だから一緒に帰ろう」
「……はい」
「よし。それじゃあ会計を済ませて帰ろうか」
二人はそれぞれに会計を済ませると駐車場へ行き、車に乗り込んだ。徒歩でも十分くらいしかかからない距離なので、あっという間に着いてしまう。しかし彼らにとっては、例え短くとも特別な時間だ。お互いに意識していることを知らなくとも、車内の空気は何となく甘かった。