第4話

文字数 1,272文字

 父親から教えて貰った暗証番号とカードキーを手に、入り口に立った。自動ドアが開き中に入る。エントランスホールは淡いクリーム色で統一されており、中々に広い。奥にエレベーターが三基あり、彼女は小さめのボストンバッグを手に中央のエレベーターの前に立つと、まずあらかじめ登録しておいた指紋認証を済ませ住人専用の暗証番号を入力する。 確認作業が終わるとエレベーターは梨乃を迎え入れた。最上階を押すと滑らかに上昇していき、やがてポーンとやわらかなチャイムが鳴り到着した。エントランスホールと同じく淡いクリーム色の壁が出迎えてくれ、すぐ右に曲がる。エレベーターに最も近い部屋は誰かが入居しており、梨乃の部屋はその隣で三室の真ん中に位置する。

 取り敢えず荷物を置いてからオーナーの住む最奥の部屋へ行こうと決め、カードキーを取りだし読み込ませる。更に暗証番号の入力を求められ、初期設定である四桁の数字を入力すると解錠された。この暗証番号の初期設定はエレベーターと同一で、入居者は自室の暗証番号を任意の番号に変更できる。ドアを開けたままで前もって考えておいた数字を入力し変更を完了する。広い玄関から真っ直ぐに廊下が延びていて、その先に扉があり、リビングに繋がっているようだ。リビングに入ると、向かって右奥に立派なグランドピアノが置いてあった。

「わぁ……てっきり、アップライトピアノだと思っていたのに」

 思わず声が漏れた。立派なそれはピカピカに磨き上げられており、思わず駆け寄りカバーを取り、 試しにドを押した。

「あ、ちゃんと調律されている」

 綺麗にされてあることといい、調律されていることといい、オーナーがこのピアノをとても大切にしていることが判る。今日からはこのピアノを自由に使っていいのだと思うと、心が弾んだ。リビングに隣接する空き部屋に入ると、既に運び込まれている机が目に入る。ベッドを入れてもまだ余裕がある。リビングを抜けキッチンへ行き、調理器具などで足りない物はないか確認する。

 学校に行っている間に母親が、娘がすぐに住めるようある程度の準備をしておいてくれた。ラグや時計の位置などを自分好みに直していたら、あっという間に時間が経ってしまった。挨拶を先に済ませようと思ったのに、業者が来る時間になってしまっている。

 インターホンが来客を告げリビングのモニターで確認してから解錠する。作業着に身を包んだ業者の人間が数人現れ、自宅で解体した愛用のベッドを運び込んできた。玄関の幅は問題なくクリアし、業者は手早く組み立てていく。三十分も経つと新居の寝室にベッドが完成した。

「では、これで失礼します」
「ありがとうございました」

 彼らはベッドの設置を終えると一礼して去って行った。一人になると軽く息を吐いて、今度こそ隣のオーナーに挨拶に行かなきゃとカードキーを手にした。オーナーは今春、大学を卒業したばかりだと聞いている。まだ三月だが、もしかしたら就職先の研修で不在かもと一瞬だけ不安が過ぎるが、不在だったらまた出直せばいいと思い直して施錠すると、隣室の前に立つ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み