第95話 『見えない未来を変える「いま」』②奴隷制について 

文字数 1,851文字

 前回の続きです。

 『見えない未来を変える「いま」』という本が気になったのは、奴隷制廃止が歴史上「必然的だったのか」「偶発的だったのか」について述べたパートがあって、確認しておきたいと思ったからです。

 私はこれまで、奴隷制というものの禍々しさから、廃止されたのは歴史上の「必然」であると頭から決めつけていました。が、結論から言うと作者は、奴隷制が廃止されたのは「(総合するに)偶発的な出来事」だったと述べています。


 ”これらの証拠を考え合わせると、奴隷制の廃止は、経済的な要因によって生じた必然的な結果ではなく、むしろ、道徳観の変化によって生じた部分が大きい、と結論づけざるをえない。それでは、こうした道徳観の変化やそれが法に反映されることというのは、どれくらい偶発的な出来事だったのだろう? この点は確かめづらい。奴隷制の廃止は事実上、全世界を巻き込むたったひとつの波により、いちどきりしか起こらなかったからだ。条件がちがえば事態がどう発展していたかを確かめられるような、独立した歴史的実感が存在しないのだ。


 イギリスで奴隷制が廃止されたあとも、世界規模での奴隷制が廃止されるまで、1世紀以上の歳月を要しました。(私はアメリカの南北戦争で区切りがついたものだと、大きな勘違いをしていました……)

 1940年(昭和15年)以降、奴隷制廃止となった国をざっと羅列すると、
エチオピア:1942年
カタール:1952年
チベット:1959年
サウジアラビア、イエメン:1962年
アラブ首長国連邦:1963年
オマーン:1970年
モーリタリア:1980年(奴隷の所有が刑事罰になったのは2007年)
ニジエール:2003年


 ”世界的に奴隷制廃止を促す運動がもう少し活発でなければ、奴隷制はおそらく一部の国々でずっと長く続いていただろう。


 作者は、イギリスで奴隷制廃止運動が成功した理由の一部として、少人数のクエーカー教徒の活動を上げています。
中でも、自分の道徳的な信念に従って奴隷制反対運動を行ったベンジャミン・レイは、その活動の過激さから奇人変人ともみなされました。

 だから完璧な社会の実現のためには、

 ”現状維持を望む人々の嘲笑に耐えられる、道徳心に満ちた異端者が必要だと思う。

 と作者は述べています。


◇◆◇◆◇


 今回こちらを書くにあたって、各国の奴隷制が廃止された年代を確認しましたが、ネパールやスーダンでは、「実際には現代でも継続」という記述がありました。
奴隷制は現在も一部の地域で、公然、非公然に行われているというのです。

 ちなみに日本で奴隷制が廃止されたのは1872年。明治5年。
前借金で縛られた年季奉公人(遊女)たちを妓楼から解放する「芸娼妓解放令」の布告が、それにあたると知りました。
……確かに遊女というものは事実上の奴隷ですね。今までそう認識できていなかったけど、ピースがはまりました。もう奴隷としか思えません。


 それとは少し異なるかもしれませんが、「奴隷」と認識できる奇習について。
長野県下伊那郡の神原村(現在の天龍村の一部)に、「おじろく・おばさ」という奇習がありましたよね。
後継ぎの長男以外の兄弟姉妹は、生涯、長男のもとでただ働きをさせられるというもの。その呼び名が男なら「おじろく」、女なら「おばさ」。
戸籍には「厄介」と記され、村社会から隔離され、一生飼い殺しに。

 おじろく、おばさたちのあまりの無表情、無反応、無口、喜怒哀楽の欠如に、精神科医の近藤廉治医師が精神疾患を疑い調査に入ったという経緯があります。(調査の結果、「思春期の疎外が作った人格であり分裂症(現在の統合失調症)ではない」と結論)

 日本の奴隷制(芸娼妓解放令)が廃止となった明治5年、このとき、人口2000人の村に190人のおじろく、おばさが存在していたといいます。
その奇習を廃止できたのは、紡績工場ができたおかげらしく。「ああ野麦峠」、女工哀史の峠ですね。
近代の紡績工場はブラック企業の原型のように語られますが、紡績工場のおかげで、おじろく、おばさとなる運命を回避することができた人たちがいたことは事実のようです。
紡績工場は過酷な労働環境なのに、女工さんの中には「家よりはまし」と感謝する貧村出身者がいたとか……。


 奴隷制からの連想で、ついつい脱線してしまいました。
が、この本を読んで、奴隷制についての認識を修正できたことは収穫でした。
そして、世界には階層の異なる地獄がいくつも存在しているものだと、思うに至りました。



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