第93話 事故か自殺か、霊能者の見立て

文字数 1,943文字

 三十年以上前の話になります。

 『泣き方がわからない』にも少し書きましたが、しょっちゅう母親にお金を借りにきていた遠い親戚のおじさんがいました。
原口さんとします。母親と血縁関係ではありません。

 その原口のおじさんには、私より年上の「シュウちゃん」という息子がいました。
母の問いかけに、はにかみながら受け答えをするような優しそうな男の人でした。


 そのシュウちゃんが急死しました。まだ二十代前半でした。

 なんでも、シュウちゃんは夜更けに車で山道を走っていたときに、ガードレールに衝突し、川に転落してしまったのだとか。

 内々にひっそりと葬儀をすませた原口夫婦は、四十九日を過ぎた頃家に来て、
「こんなに急に亡くなるなんて」
 と、顔をぐしゃぐしゃにして泣きました。


「あれは自殺だ」
 少しして、母親が言いました。
「そうなの?」
「あれは事故なんかじゃない、あの真面目なシュウちゃんが、居眠り運転でガードレールにぶつかるなんてありえない」
「……」
「シュウちゃんは職場でいじめにあっていたんだよ、優しくて大人しいから。シュウちゃんは追い詰められていたんだ」
「そうなの?」
「うん、私にはそう打ち明けてくれていた。シュウちゃんは疲れちゃったんだよ」

 母はわりと断言しがちです。事実なのか思い込みなのかわからないけど。


 シュウちゃんのお葬式から三年くらい経った頃でしょうか、母が曇った顔で呟くようになりました。
「シュウちゃんが成仏していないような気がする」
「原口さん、あんまりシュウちゃんの供養をしていないんじゃないかな」
「シュウちゃんが寂しそうな顔をしている」

 私は「そうなんだ」としか相槌を打てません。

 そして母は、とある霊能者を見つけました。
「シュウちゃんのことを聞きに行く、あんたも一緒に来て」


 訪ねて行った霊能者は、一軒家に住むほっそりとした地味な中年女性でした。
水晶玉も御幣も榊もない、しんとした殺風景な居間に通され、長方形の座卓に母と私は並んで正座しました。

 母が「急死した親戚の子が、成仏していないような気がするんです」と言うと、その霊能者は白い紙にボールペンでサッサッサッと簡単な絵を描きました。

 それは大きな川と、下方に土手のススキが描かれた絵。霊能者は淡々と、
「こんな場所が見えます」
「後悔しているようです」
「ひとりぼっちでいるので、月に一度お墓参りをしてあげてください」

 ……そんなことを言ったような。
母が「事故だったのか自殺だったのか」尋ねたような気がするんだけど、霊能者はどうとでもとれるような曖昧な返しだったように思います。
 確かに、精神的に追い詰められていたら、「もうどうでもいい」と自暴自棄となり、事故を招いてしまうかもしれない。疲弊して視野が狭くなって判断力が落ちてしまったら、本人に自殺の意図がなくとも、自爆のような事故を起こしてしまうかもしれない。それは事故なのか自殺なのか境界が曖昧な気がする。
ひいていえば、いじめや虐待、性被害などは魂の殺人なのだから、事故でも自殺でもなく「殺された」とも言えるのかもしれない。

 それから、母と私は原口さんには内緒で、月一でシュウちゃんのお墓参りをするようになりました。




 初めて行ったその墓地は、車で三十分くらい北に行った田舎のだだっ広い墓地。
原口家の墓の場所なんてまったく見当がつきません。一つ一つ探すの大変そう、端から順番に見ていくしかない、長丁場になりそうだと思いました。

 が、なぜか私の足は自然に動き、迷うことなくいくつかの曲がりかどを進み、最短距離で原口家のお墓の前に立っていたのです。
「あ、ここだ」
「本当だ、シュウちゃんの名前が刻まれている。あんた、なんですぐにわかったの?」
「さあ」

 このときのことは今でも不思議です。私の「霊感」だったのか、シュウちゃんに導かれたのか。

 お墓の水を取り替え、持参したお花とお線香をあげ、さらりと手を合わせ。この月一のお墓参りは、月初の日曜日を目安に行いました。
 そして約一年くらい経った頃です、母が言いました。
「もうシュウちゃんの暗い顔が浮かばなくなった、成仏したような気がする」
「お母さんもそう思う? なんとなくだけど、私ももう大丈夫な気がした」
 そんな雰囲気となり、クロージングとなりました。


 母に霊感があるのかもというテーマで書き出しましたが、私も昔は霊感があったのかもしれません。
まだ昭和の薄暮の名残があった時代の話です。その頃はどこかの家で不幸が続けば、なんらかの「障り」ではないかと人々が口伝えにストーリーを編んだりして、日常に落ちる影が長かったように思います。
今はネットの恩恵で隅々まで明瞭に照らされて、こういう(おぼろ)で輪郭の曖昧なエピソードは、生まれにくいような気がします。




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