プライド

文字数 1,481文字

 和希の蹴ったボールは、僕が必死に伸ばした指先をかすめ、ゴールネットを揺らした。和希は手を飛行機のように広げて、奇声をあげながら校庭を走り回り、立ち止まって奇妙な動きの踊りをした。
「ぎゃははは、なんだよそれ」和希の動きがツボに入って、亮平が大笑いしている。
「カズダンスならぬ、カズキダンスだ」
「嘘つけよ。その踊り、ぜったい志村けんのいっちょめいっちょめじゃん」
 今月の半ばにJリーグが開幕してから僕らはサッカーばかりやっている。六人しかいないから、三人ずつに分かれて攻撃と守りを交代で遊ぶのだ。チーム分けはグーとパーだけのじゃんけんで決めて、僕と隼と正樹、和希とウメと亮平にわかれた。
 ふざけて踊る和希を見て亮平と正樹とウメが声をあげて笑っている。隼だけが不機嫌そうな顔をして、ジャージについた土を払っていた。ドリブルで攻めてきた和希を止めようとしたが、フェイントに引っかかりバランスを崩してこけたのだ。僕はそんな隼の様子を見て、口角を中途半端に引きつらせたまま笑うのをためらっていた。
 隼が和希をライバル視するようになったのは四月の体力測定からだ。これまで五十メートル走のタイムは隼が不動の一位を誇っていたが、初めてその座を明け渡したのだ。タイムを測っていた太田先生が、驚いたような声で和希の記録を読み上げるのを聞いて、僕たちは歓声をあげた。
「すげえ、八秒切ってるじゃん」
 和希のタイムでみんなが盛り上がっているなか、隼だけが、信じられない、という顔をして立ちすくんでいた。
 失われたプライドを取り戻そうとしたのか、その日の放課後、隼は誰が一番リフティングを続けられるか勝負しようと言いだした。今までの隼の最高記録は二十九回で、その次が亮平の十五回だったから、隼はリフティングには自信を持っていた。僕らが二桁もいかず脱落していくなか、隼は三十二回まで続いた。今までの新記録だった。隼は勝ちを確信したような顔で、和希にボールを投げ渡した。
「俺リフティング得意だよ」
 和希が嬉しそうにそう言うのを見て、なんとなく嫌な予感がした。和希は五十回、ボールを落とさず蹴り続けた。最後の一回も失敗で終わったのではなく、わざとボールを高く蹴り上げて、落ちてきたところをぴたっときれいにトラップして見せたのだ。その日からしばらく、隼は休み時間になると一人でリフティングの練習をしていた。四十回までは続けられるようになったが、そこからは集中が切れるのか変な角度にボールをあげてしまい、伸ばしたつま先が届かずにボールは地面を転がった。何度やっても回数は四十から伸びず、失敗するたびに隼は苛立ち、ボールを力一杯地面に叩きつけていた。
 三人対三人のサッカーは攻守交代し、相手チームは和希と正樹がディフェンス、ウメがキーパーを守っている。僕がドリブルで攻めていくと、右サイドから真ん中に入ってきた隼が手を上げてパスを要求する。僕はカットされないよう強めにパスを出した。ボールを持った隼はキーパーのウメの方へ体を向け、そのまま力一杯シュートした。ボールは一直線にキーパーの正面に飛んでいく。得点を狙ったというよりウメにぶつけようとしているようなコースだった。ぶつかる、と思った瞬間、横から和希が飛び込んできて、勢いのついたシュートをヘディングでクリアした。ボールはうまい具合に、左サイドを守っていた正樹の足元に転がっていった。
「正樹、クリアしろ!」
 和希が叫び、正樹が蹴り返したボールは、午後の青空の下に大きな弧を描いて、僕のはるか後ろの地面に落ちて、大きくバウンドしながら転がっていった。
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