スケアクロウィック・メモリー・シンドローム

文字数 1,468文字

「なあ、校庭にバスケのゴールできたの知ってる?」
 朝食を食べ終えて部屋で漫画を読んでいると、亮平が興奮した声で電話してきた。ウメと和希も呼んで、みんなでバスケをしないかと誘われた。正樹はお母さんの実家に帰省するというので、昨日から埼玉へ行っている。僕たちは通学のときに集合する橋のところで待ち合わせをすると、亮平の持ってきたバスケットボールでパスを回しながら学校へ向かった。
 校門に近づくと、校庭の方からぽんぽんとボールの弾む音がする。誰かが先にきてバスケをしているらしい。校門のところから校庭を覗くと、案の定誰かが一人でドリブルをしているのが見えた。ディフェンスがいる前提で練習しているようで、頻繁にフェイクを入れたり、ゴール下に攻めこもうとしては行く手を阻まれてためらうような素振りを見せたりしている。
「あ、あれ隼じゃん」
 亮平が気づいて、どうしようか、と目つきで僕たちに訊いてきた。隼と和希の関係はまだ修復できていない。何日か前に和希は道で隼とばったり遭遇したらしい。和希は微笑みかけようとしたが、隼はちらりと横目で見ただけで、そのまま無視して通り過ぎていってしまったそうだ。まだ意固地に避け続けているのだ。このまま帰ろうかどうかと迷っていると、隼の放ったシュートがバックボードに跳ね返って地面を転がり、ボールを追って走った隼がこちらへ顔を向けた。
「あれ?」僕たちに気づいて手を振る。「お前らもバスケしに来たの?」
 もう黙って引き返せなくなった。手を振りかえして歩き出そうとすると、和希が「なあ」と呼び止めた。
「五人だとチーム分けの人数合わないだろ。俺、ここ見てるよ。実はちょっと手首も痛いし」
 手首が痛むのは嘘だろうと思った。ここにくるまで、そんな素振りもなくパス回しをしていたのだ。
「どうする?」
 僕は声を落としながら亮平に顔を寄せた。亮平は困ったような目で僕を見た。
「和希がバスケうまかったら——」
 亮平が言いたいことはわかった。和希が隼よりバスケがうまければ、また不機嫌にひがんで、ふさがりかけた亀裂が、もう一度振り出しにもどってしまう気がしたのだ。和希がこうやって身を引くのも、不安定に積み上げられた積み木が少しの揺れで崩れ落ちてしまうのを恐れているからだろう。
「和希、ごめん。また今度一緒にやろう」
「いいよ。気にすんなよ」
 僕たちは和希を残してバスケットゴールに向かった。設置されて日が浅いゴールは、真っ白なバックボードに太陽が反射して眩しかった。隼は後ろに跳びながら打つシュートの練習をしていた。スラムダンクで翔陽高校の花形がしていたシュートだ。
「チーム分けしようぜ」
 和希は手首が、と僕が口を開く前に、隼がにこにこ笑ってボールをパスしてきた。いなくて当然、と思ってるような態度に見えた。
「なんだあれ」と隼が校門の方へ顔を向けた。視線の先では、和希が校門の横にあるソメイヨシノの幹に寄りかかってぼんやりとこっちを見ている。
「あれ、かかしだろ? なんであんなとこに突っ立ってんだ。どっから持ってきたんだよ」
 口調に白々しさがなく、本当に不思議そうに和希を見ている。あまりに自然な言い方に、僕はなんだか和希の存在が貶められたような気がした。きっとそういう効果を狙ったんだろう。和希や僕たちの気も知らないで、悪びれもせずにそんな皮肉を口にする隼が急に憎らしくなった。
「かかしじゃないよ」その声は砕けた氷のように冷たく鋭かった。「和希くんだよ」
 ウメはまっすぐに放たれた矢のような目で隼を見ていた。
「友達だ。かかしじゃない」
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